堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く

彩芽は、パッと顔を上げる。
「タロちゃんのことじゃないの?」

タロちゃんは困ったように眉毛を下げた。
「俺には弟がおる。百合が結婚するのは弟の新次郎や」

「え!?」

タロちゃんは彩芽の誤解を丁寧に解いてくれた。

「六歳下の新次郎は和菓子の世界が嫌で、高校を卒業後、家を飛び出した。親父もカンカンに怒って、一時は勘当状態になった。でも新次郎も、お菓子のことには興味があったらしい。製菓学校に通い、今はパティシエとして『御影堂』で働いている。俺が、和菓子、洋菓子の垣根を越えた菓子を目指すのは、新次郎のことも関係してる。和菓子とか洋菓子とか、名前にこだわるからおかしくなる。ただ『美味しいお菓子』それだけでいいはずやのに」

「そうやったの…」

「『カフェ・ド・イリス』は新次郎が社長になる。『御影堂』とは昔から親戚関係にあるようなもので、御影兄妹とは、いとこのように育ってきた。『カフェ・ド・イリス』を新次郎に任せるということはすんなりと決まった。

今回、俺が賞を取ったことで親父も折れたし、新次郎ももう一度和泉に戻ってこようという気になった。新次郎なら、和と洋を融合させた美味しい菓子を作ってくれるはずや」

タロちゃんは、彩芽の頬を両手で包み込んでしっかりと目を合わせて言った。

「俺は百合に対して特別な想いを抱いだことは一度もない。新次郎と百合は、政略結婚という風に見えるが、実は昔から想い合っていた仲や。お互い隠してたけどバレバレやった」

恋愛ごとに疎そうなタロちゃんにそんな風に言われるなんて、どれだけ二人は不器用なのか。

「…誤解してごめんなさい。新次郎さんが和泉に戻ってきてくれて本当によかったね」

タロちゃんはちょっとムスッとすると、彩芽の頬をキュッと捻った。

「痛っ!なにすんの」

「昨日彩芽に冷たくされて傷ついた」
タロちゃんが拗ねるように言う。

痛む頬をさすりながら、彩芽も抗議する。
「いや。私の方が何回も傷ついたから」

「じゃあ、お相子やな」
タロちゃんは嬉しそうに言って、仲直りのキスをしてきた。

これはおかしい。絶対私の方が傷ついてるけど…

彩芽は腑に落ちない気分だったが、仕方なく受け入れることにした。


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