さよならとつぶやいて、きみは夏空に消えた
 少し色褪せたL判の写真だ。古城市の名所である城址公園で撮られたらしい。数百年前に造られた野面積みの石垣に、木々の緑が濃い影を落としている。
 その前に笑顔で並んでいるのは、若いころの杏子と彫りの深い白人の男性、そして小学生くらいの女の子。仲のよさそうな三人の家族だった。

「ほかの遺品は、実家の押し入れの奥に置きっぱなし。もう誰も住んでいないから、どうなっていることやら」



 ……ほかの、遺品。



 遺品?

 突然目の前の女性の口からこぼれた不穏な響きに、頭を殴られたような気がした。
 大地が、世界が、ぐらりと揺れる。足もとにあると信じ切っていた堅牢な土台の底が急に抜けて、底の知れない深淵が口を開く。

 ……違う。これは眩暈だ。
 揺れているのは、自分自身だ。

 もう一度、写真を見る。明るい笑顔の母親と優しそうな父親。国際結婚の夫婦と、可愛らしい一人娘。
 肩の長さで切りそろえた栗色の髪。日焼けのあとのない白い肌。生き生きと輝く榛色の瞳。



 これは、ホタルの顔だ。
 そして、もうずっと思い出せなかった、幼馴染みの顔……。



 ――蛍。




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