さよならとつぶやいて、きみは夏空に消えた
 江戸時代には交通の要衝として賑わっていたという旧街道沿いの店舗は木造で、濃い飴色の格子戸がかつての宿場町の雰囲気を残している。

 表には『螢燈堂(ほたるびどう)』という墨筆の看板が掛けられているが、それはこの『ほたるび骨董店』の昔の名だ。現在の店主、夏越(なごし)透の祖母が当時としては革新的なひとで、これからの商売は気取っていては駄目だと、わかりやすい屋号に変更したらしい。

「わぁ、本物の古民家なんだぁ」
「写真撮ってもいいですか? SNS映えしそう」

 女性達のテンションが上がる。透が愛想よく許可を出すと、あちこちにスマートフォンを向けて写真を撮りはじめた。
 土産物の一つでも購入してくれればいいか、と透は苦笑して、少し気の抜けた炭酸水を飲み干した。

 午後二時半。
 そよりそよりと流れていた風が、いつの間にか消えていた。遠くからチィーチィーと蝉の高い鳴き声が聞こえてくる。
 急に、暑くなった気がした。

 入り口の暖簾の脇に掛けてある硝子の風鈴が、涼しげな音を立てる。風もないのに……と思って視線を上げると、レジの前に少女がつくねんと立っていた。

「いらっしゃい」
「…………」
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