さよならとつぶやいて、きみは夏空に消えた
 少女がふっと、濡れたフロントガラスの向こうを見た。夕立は嘘のように通り過ぎていた。

「と、お、る」
「ほたる……?」
「もウ、かえ、ラ、ナキャ」

 きみはまた、いなくなるのか。
 現実と幻想の狭間で、また僕を救って死ぬのか。

「かエ、ル」
「行くな」
「オバア、チャンチ、カエル」

 キシキシと軋む声。
 おぼろげに微笑む少女。
 唇の端が持ち上がり、榛色の瞳が優しく細められる。

 最後だとわかった。

 妄想なのかもしれない。奇跡なのかもしれない。
 何が真実なのかは定かではないけれど、これで本当に最後なのだ。

 少女の魂の欠片が消えていく。
 ほたるのまぼろしが、透の心の奥底の虚ろの中から旅立っていく。



「ナカ、ナク、テ、イイ、ンダ、ヨ」

 ――泣かなくて、いいんだよ。



「ほたる」

 とめどなく涙があふれる。
 肝心な時に、前が見えない。ほたるが見えない。

「ほたる」

 埃くさい夏のアスファルトの匂い。
 黄昏の予感をほんのりと抱いて広がる、深く高い空。
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