さよならとつぶやいて、きみは夏空に消えた
 乾きはじめたフロントガラスの向こうに、大きな虹がかかっていた。

「ニ、ジ」
「うん。虹だね」

 雨と空と虹と。
 生と死と再生と。

 透は泣きながら笑った。
 失われた蛍の命を、透の中で生き生きと輝く優しいホタルの魂を笑顔で見送りたかった。



「……さ……よ……な……ら……」



 一音一音を確かめるように、少女が喉から柔らかな声を押し出した。全身を使ってかろうじて人の声を保ち、最後の音を言い終える。
 小さな声は、とけるように夏空に消えた。

「ほたる」

 少女は青空に弧を描く虹の橋を見上げ、ちらりと一瞬だけ透に視線を戻して笑った。



「    」



 雲が流れ、風が光り、

 虹が
 消えて

 少女は



「……ほたる……さよなら」



 ほんのりと杏色の滲んできた空。
 透は時の止まったままだった少年時代に別れを告げた。





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