桜の花びらが降る頃、きみに恋をする
「蒼ちゃんが目を覚ましたら、退院してもいいでしょう。それほど、傷も深くないようですし。なにかありましたら、ナースコールでお呼びください」
父さんの言葉に、「分かりました」と返事をした蒼ちゃんのお母さん。
それから、しばらくすると俺の肩に母さんの手が乗った。
「もう夜遅いから帰るよ」
その言葉に、俺は首を横に振った。
「帰らない。蒼ちゃんの傍にいる」
お父さんの死を知ったら、また泣き出してしまうんじゃないかって心配で‥‥‥。
「蒼ちゃんのお母さんがいるから大丈夫よ。それに、父さんも病院に残るって」
と母さんは言った。
「蒼の傍にいてくれてありがとう。蒼のことは、私がなんとかするから」
と、蒼ちゃんのお母さんまで言われたら、もうそうするしかなかった。
俺は、一旦、蒼ちゃんの手を握るのをやめ、ポケットから“あるもの”を取り出した。
それは、蒼ちゃんが目を覚ましたら直接渡したかったもの。
それを蒼ちゃんのお母さんに託すことにした。
「あの、蒼ちゃんが目を覚ましたらこれを渡してください」
手には、水色のイルカのキーホルダー。
それを渡すと、蒼ちゃんのお母さんの目からぽろりと涙が流れた。
「‥‥‥これって、お父さんが蒼にプレゼントしたものだわ。もしかして、拾ってくれたの?」
「はい」
「ありがとう。蒼が目覚めたら渡しとくね」
「お願いします」
蒼ちゃんのお母さんに向かって、ペコリと頭を下げた。
ふいに、蒼ちゃんのお母さんは、少ししゃがんで俺と同じ目線になった。