桜の花びらが降る頃、きみに恋をする
「蒼」
目が合って、名前を呼んだ。
「い、今、私の名前‥‥‥」
「知ってるよ」
ずっと、探し続けた人だから。
「って、ご、ごめんっ! いきなり呼び捨てにしちゃって」
蒼が好きだと気づいてからは、蒼ちゃんのこと蒼とそう勝手に呼んでしまっていたんだ。
「びっくりしたけど、でも、どうして私の名前知ってるの?」
そう訊ねられ、困ってしまった。
7年前、水族館のイルカショーで名前を知ったなんて言ったら、蒼は信じてもらえないだろう。
それに、あの時、俺たちは会ってるなんて伝えても蒼には分からない。
だから‥‥‥。
作り笑顔を浮かべて、咄嗟にウソをついた。
「あそこの扉に座席表貼ってあったでしょ? それで覚えたんだ」
扉の方を示めしながらそう伝えてみると、蒼は納得した様子だった。
「なんだ。そう言うことだったんだね」
俺にとって、初対面の“フリ”をするのは結構きついけど、父さんが言っていた言葉を思い出した。
ーー『無理に思い出させようとすると、かえって蒼ちゃんを傷つけてしまう可能性があるんだ。だから、このまま思い出せないままでいるのも1つの案なんだよ』
1つの案‥‥‥。
俺は、その案に乗っかってみることにした。
蒼はなにも知らないままで、また1から始めればいい。
「あっ、そういえば、自己紹介まだだったね」
あの日、蒼の名前を呼ぶばかりで俺の名前言ってなかった。
「俺の名前は、一ノ瀬 陽向。今日からよろしく!」
俺は、笑顔で蒼に右手を差し出した。
すると、蒼は少し戸惑ったのが分かった。
だけど、次の瞬間‥‥‥。
「よろしくね、陽向くん」
ゆっくりと蒼は右手を伸ばし、俺の手と重なった。
それがどうしようもなく嬉しかった。