桜の花びらが降る頃、きみに恋をする
「って、ご、ごめんっ! いきなり呼び捨てにしちゃって」
と申し訳なさそうに手を合わせて彼は謝る。
「びっくりしたけど、でも、どうして私の名前知ってるの?」
不思議に思いそう訊ねると、彼は一瞬暗い顔をした。
でも、それは本当に一瞬で、またあの明るい笑顔に戻った。
「あそこの扉に座席表貼ってあったでしょ? それで覚えたんだ」
扉の方を示めしながら彼は説明する。
「なんだ。そう言うことだったんだね」
そこで、ようやく納得した。
だって、私はこの町に引っ越ししてきたばかりで、誰も私のこと知ってる人なんていないはずだから。
やっぱり、きみとは初対面だったんだ。
「あっ、そういえば、自己紹介まだだったね」
彼が私の名前知っていても、私は彼の名前を知らない。
座席表では、自分の名前しか見てなかったから。
「俺の名前は、一ノ瀬 陽向(いちのせ ひなた)。今日からよろしく!」
そう言って、陽向くんは私の目の前に右手を差し出してきて、私は今更ながらに戸惑ってしまった。
彼のその笑顔を見る限り、明るい場所がとても似合う人。
笑顔になれなくて、こんな暗闇が似合う私とは、正反対。
なにも交わらない。
なのに、気がつけば‥‥‥。
「よろしくね、陽向くん」
差し出されたその手に、ゆっくりと自分の右手を重ねていた。