学園怪談
 彼女は高鳴る鼓動を抑えて眠れない夜を過ごした。
 ……真夜中、寝つかれずにトイレにおきた。手を洗おうと洗面台の前に立って自分を見る。そこにはいつもの冴えない顔を見せる自分がいた。
「こんな私に……男の子が?」
 鏡の自分を見つめ、問いかけてみる。鏡の中の不安そうな顔をした自分は返事を待つ……。鏡には泣きそうな顔が映っているだけだった。
「はあ、怖いな……でも好きって言ってくれたし……」
 彼の言葉を思い出すと、じんわりと胸が熱くなり鼓動が早くなる。間違いない、これが恋なんだ。
 糸井さんはベッドに戻ろうと振り返った。
「……やめて」
「え?」
 糸井さんは家族の誰かが声をかけたのかと思ったが、周りには自分しかいない。家族はみんな寝ているはずだった。
「気のせい?」
 少し怖くなりながらも再び足を踏み出すと。
「やめて!」
 今度ははっきりと聞こえた気がした。慌てて後ろを振り向くと、そこには洗面台の鏡があるだけだったが、先程とは様子がおかしかった。
「やめて、あなたは騙されてるわ」
 喋っているのは鏡の中の自分だった。信じられないが、鏡の中の自分が口を開いて言葉を発している。
「……うそ……」
「あなたは騙されてるの、彼があなたなんかに告白なんてするはずないじゃない!」
 鏡の中のもう一人の自分は、口調を強めて必死に糸井さんを説得しようとする。
「でも……彼は本気で私のことを……」
「あなたみたいな内気で陰気な女を好きになる人なんていない! 騙されてるだけなのよ! きっと後悔するわ、お願い断って!」
「やめて! やめてやめてやめて!」
 糸井さんは髪を振り乱して泣き崩れた。
 もう、鏡には勝手に喋る自分は映っていなかった。
「私は……私は……」
< 59 / 235 >

この作品をシェア

pagetop