学園怪談
 ……翌日。
「あの、これ……」
 放課後、糸井さんは友達に頼んで彼を人の来なそうな給食室に呼び出した。そして、例の返事を書いた手紙を彼にそっと渡した。
 昨夜の出来事は誰にも話さなかった。それは怖かったということも確かにあったが、それよりも自分の恋路を邪魔されることに何よりも腹が立ったからだ。
 ……絶対に私の邪魔はさせない!
 男子学生はその場で手紙を開くと中の手紙の返事を読み始めた。
そこにはピンクの便箋に短く『私もあなたのことを想っています』という控えめな返事だけ書かれていた。
「ありがとう嬉しいよ。俺はお前の事……大好きだ!」
 いきなり彼は抱きついてきた。
「あ……ああ……」
 驚きと緊張の為か、ドキドキと心臓は早鐘を打って破裂してしまいそうだった。
 彼は目を閉じて唇を近づけてくる。
 怖かった。逃げることも避ける事もできず、糸井さんはただ何もみえないように反射的に目を閉じた。
 一瞬の触れ合いの後……!
「ああ! くっそ~! マジかよ~」
「きゃあ! 糸井さんたら、だいた~ん!」
 信じられないような声が聞こえてきた。
 給食室の入り口にいつの間にかクラスの何人かの男女が集まり、こちらの様子を窺っていたのだ。
「いやあああ!」
 ……糸井さんは泣き崩れた。そりゃあそうだろうよ。ただでさえ恥ずかしがりな彼女なのに、告白どころかキスシーンまで他人に見られちゃったんだからね。でも、彼女を悲しみのどん底に落とし込んだのは次の一言だった。
「な、言ったとおりだったろ?」
 彼の言葉だった。
「いやー、まいったまいった。本当に糸井を簡単にオトシちゃうとはねえ、お前はほんと凄いよ」
「ちぇー、負けたよ千円損した」
 ……彼らは彼女が彼を好きになるかどうかを賭けていたんだ。
「でも糸井さんたら本当に大胆よね~、こんな人気の無いところに呼び出したりなんかしてさ」
「ホントホント『私もあなたのことを想っています』なんて、キスどころか最後まで期待してたりして!」
「イヤーン! こんなとこでも~、チューだけにしてよね! ブチュー!」
 クラスの女子の一言にみんな笑い転げ、『ブチュー』コールが響き渡った。
 糸井さんは給食室を飛び出した。
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