学園怪談
「いくらなんでももう待てないよ。何かあったんじゃないのか?」
 不意な一言にドキリと私の心臓が大きく脈打った。
「何かって?」
「いや、わかんないけど、中でトイレのドアの開け閉めとか、手を洗うとか、何も物音がしないしさ」
 徹さんの言葉に、おかしいと思ったのか、斎条さんが動いた。
「わ、私ちょっと様子を見てきます」
 ギイ。
 ドアを開けて斎条さんが再び女子トイレへと入っていった。
 ドン!
 その矢先、斎条さんは急にトイレから飛び出してきた。
「あ、ああ、あ、赤羽先生が!」
 廊下にペタンと尻餅を着いた状態で斎条さんはトイレの中を指し示す。
 すると、それが合図であるかのように泣き声が聞こえてきた。
「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ」
 中から聞こえるのは赤ん坊の声だ、でもその声はどこか聞いたことのあるもののように思える。
「先生! どうしました!」
 徹さんを先頭に、私が後ろから女子トイレへと続く。
「先生……」
 そこで私たちは呆然と立ち尽くすことになった。
「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ」
 赤ちゃんの鳴き声が聞こえるのはトイレの一番手前の個室からのようだが、そこのドアは開いており、中から赤羽先生の足が曲がった状態で見えていた。
「先生! どうしたんですか!」
 徹さんと私は駆け寄って個室の中を覗いた。すると……。
「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ」
 そこには赤羽先生が和式の便器の脇で、手と足を曲げて、目をつむったままの姿で赤ん坊のように泣いていた。
 その異様な光景に、私は思わずトイレの床にペタンと座り込んでしまった。
「先生! 先生! どうしたんですかいったい!」
 徹さんが先生を揺さぶって声をかけるが、先生は泣き続けるばかりだ。
「ちょっと! 手伝って! 先生をここから連れ出すんだ」
 徹さんの声に我に返った私は、よろよろとする足で立ち上がると、みんなで協力して泣き続ける赤羽先生をトイレから廊下へと引きずり出した。
「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃ……」
 すると、次第に先生は声を止め、シクシクと涙を流し始めた。
「大丈夫、大丈夫だから……」
 その間も、徹さんは先生の手を握り、嗚咽が治まるまでなだめ続けた。
「これはいったい……」
 私は誰ともなく尋ねた。
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