彼女の居場所外伝 ~たんたんタヌキ~
envy 薫

***

従兄弟の健斗兄さんと康ちゃんは私のものだと思っていた。
幼い私にいつだって優しかったし私が泣けば慰めてくれていたから。

それが違うかもと気がついたのは、健斗兄さんが結婚したとき。
私のことを優先してくれなくなって不安になった。
それからは康ちゃんも離れていくんじゃないかってどんどん不安になってしょっちゅう電話やメールをしてしまう。

久保山家は私の実家みたいな存在だった。
伯母は母のように接してくれるし、伯父さまも優しい。
お屋敷には余っているお部屋もたくさんあるからと私専用の客間を作ってくれた。だから一人でさみしいときは泊まりに行ってしまう。
健斗兄さんも康ちゃんも家を出ているからおじ様たちもさみしいんだと思う。




「林と付き合いたい?何言ってるんだ、薫」

久保山のおうちにいたら健斗兄さんが娘の海香ちゃんを連れて遊びに来たから思い切って言ってみたのだけど、健斗兄さんに渋い顔をされた。

「だって、林さん、素敵でしょ」

林さんは健斗兄さんの秘書をしている。
初めは無表情が怖いと思っていたんだけど、たまに見せる眼鏡の奥の優しい光とか、親しい人に向ける笑顔とかに心を打ち抜かれいつの間にか好きになってしまったのだ。

「薫のわがままで林を振り回すわけにはいかないよ」

健斗兄さんは眉間にしわを寄せる。

「林がいい奴なのは俺が一番よく知ってる。だから薫が好きになるのもわかるけど、俺は何もしてやるつもりはないから」

「そんなぁ」
ちょっとくらい手を貸してくれてもいいんじゃないかと思ってしまう。

「健斗兄さんは結婚してから私に冷たい」
口を尖らせてぷいっと横を向くと救いの手が。

「健斗、ちょっとだけ手を貸してあげたらいいじゃない」
伯母さまだ。

「お袋は黙ってて。大体この家はちょっと薫のこと甘やかしすぎだと思わないのか?」

「あら、このくらいたいしたことじゃないでしょ。林君に無理強いする気はないわ。良かったら薫の社会経験のためにお付き合いしてもらえたら嬉しいけど」

「社長の俺からそんなこと言ったらコンプラ的にどうなんだって話だろ」

「だから、社長と秘書の立場じゃなくて知人として話せばいいじゃない。林君ちとは昔からの知り合いなんだし」

「そういうことじゃないんだよ。ホントにお袋は口を出すなって」

健斗兄さんは頭を抱えるようにして大きくため息をついた。

「何も恋人になってって欲しいって言うわけじゃないの。お試しで付き合ってくれないかなって。それで気に入ってもらえなかったら諦めるから。ね」

結局、健斗兄さんはうんと言ってくれなくて、後日伯母さまが自宅に林さんを招き話をしてくれたのだった。



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