彼女の居場所外伝 ~たんたんタヌキ~
私との交際をオッケーしてくれた林さんとの初めてのデート。
予約してくれた高級フレンチの店内で彼から言われたのは3つの条件だった。
ひとつ、これはお試し交際だということ。
私からの好意は嬉しいけれど、林さんはまだ私に対して恋愛感情を持っていない。あくまでもお試しなのでどちらかがやめたいと言えばすぐにやめること。
ふたつめ、公私混同はしない。
職場ではただの同僚という立ち位置を守ること。
みっつめ。
度を超えた束縛や要求をしないこと。
「わかりました。条件、守ります」
私は両手を組んでコクコクと頷いた。
「よかった。では、今夜からよろしく、彼女さん」
林さんの口角が少しだけ持ち上がったのを見て私の気分は上昇した。
サイボーグだなんて言われてるけど、よく見たら表情は動いてる。少しだけど、いま笑顔になったのは私のせいだよね。
「あの、図々しいお願いなんですけど」
「何かな」
「林さんのこと、下の名前で呼んでもいいですか?絶対会社では呼びませんから!」
「どうぞ。好きに呼んでいいよ、薫さん」
好きな人に初めて呼ばれた下の名前。嬉しくて恥ずかしくて顔が熱くなる。
両手を頬に当てて俯きながら「史也さん」と呼んでみた。
くすりと笑われて余計に恥ずかしくなった。
それからコース料理を堪能して、お店を出た。
食事中に話したのは相互理解のためのお互いの家族のことや趣味のことなど。
社長秘書をしている史也さんはもちろん私の家庭の事情を知っている。私も史也さんのお父様が伯父の古くからの部下ってことで林家の家族構成くらいは知っていた。
帰り道の車内でどうして交際をオッケーしてくれたのか思いきって聞いてみる。
「これを言うと、薫さんが気分を悪くするかもしれないけれど」と前置きがあって、
「女性除けというか、盾になってもらえる存在があるといいなと思っていたので」
と馬鹿正直な答えが返ってきた。
確かに、林さんは無表情とかサイボーグとか言われているけれど、仕事は堅実だしお顔もいいから女性の人気は高い。いろいろ困る事態もあるのだろう。
「私でよろしければ、盾にも壁にもなりますから」
真面目に答えると、フッっと笑われた。
「てっきり怒り出すかすねられるかと思ったよ」
「いいえ、私の方が無理にお願いしたんですから。そのくらいのことは覚悟の上です」
むしろ、こちらは史也さんの彼女だと胸を張って言いたい。
「じゃあ頼りにしようかな」
肩を揺らしてくくっと笑う史也さんの姿を見て、胸が大きくときめく。
同じ職場にいるのにこんなに笑う彼の姿を初めて見た。
わたし、本当に憧れの史也さんの彼女になったんだわ。
ーーー思えば、この時が一番幸せだったのかもしれない。