彼女の居場所外伝 ~たんたんタヌキ~
社内で史也さんと私の関係を知っているのは健斗兄さんと康ちゃんだけ。
そして、本当の関係を知っているのは健斗兄さんだけ。
康ちゃんは私と史也さんが恋愛関係で結ばれていると思っている。
これでも学生時代から何人もの男性に付き合って欲しいと告白されてきたのだ。そう、私はモテていた。
だから史也さんにお試しで付き合ってもらっているだなんてことは情けなくて言えなかった。
史也さんは私と付き合うようになってから、仕事先で縁談を持ちかけられてもお付き合いしている女性がいるからと恋人の存在を明かして断っているのだという。
私は立派に防波堤になっていると思った。
忙しい社長の秘書は更に忙しい。
だから、デートは2週間に1回程度。メールの返信もすぐに帰ってくるわけじゃないし、たいした用事もないのに電話なんてそうそうかけられない。
忙しい史也さんを気遣い、色々我慢していた。
そんなときは久保山のおうちに行って伯母さまのご飯をいただいたり、康ちゃんに電話して愚痴を聞いてもらったり。
康ちゃんも忙しいみたいだから長電話は出来ないけど。健斗兄さんみたいに全然相手してくれないわけじゃないからありがたい。
前回映画を観に行ってから二週間が経っていた。
その間に一度平日の夜夕食を共にしたけど、食事をしただけで史也さんはすぐに会社に戻って行った。
付き合ってるとはいっても殆ど会えないし、この関係って一体何だろう。
私の中でどんどん疑問が膨らみ、不満が溜まっていった。
私は史也さんが好きだけど、史也さんは私のことを少しでも好きになってくれているんだろうか。
デート中に私が腕を組んでも嫌がられない。
でも、それだけ。
史也さんから手を繋いでくれたこともなければ、もちろんキスなんてしたこともない。
お付き合いが始まりさえすれば、きっと私のことを好きになってくれると思っていた。だから、まさかこんなに何も進展しないとは思っていなかった。
ーーーそんな時だった。
珍しく仕事中に出先から史也さんが私に電話をくれたのだ。
「ちょうど昼前に用事が終わりそうだから外で一緒にランチをしないか」
私はもちろんオッケーだ。
「赤坂見附の駅前で」と約束をして電話を切った。
それからは時間との戦いで、専務秘書から頼まれていたミーティングに使うレジュメの準備、会議室の手配。
赤坂見附の駅に着いたのは約束の時間の8分前だった。
史也さんは先に来ていて、路駐した車にもたれて電話をしていた。
ーーあれ?
遠目にもわかった。いつもの冷静で無表情と言われる史也さんの様子が違っていた。
そんな姿に驚いて私の足が止まる。
大袈裟なくらいに大きなため息をつき、電話の向こうの相手に向かって口早に何かを言い立てている。怒っているわけでは無いみたい。どちらかというと呆れてる?
それから困った顔で二言三言何か言って通話を終えた。
顔を上げた史也さんが私に気づき、手を挙げる。
その時には彼はもういつものアルカイックスマイルになっていた。
ーーー私の中に黒いもやが広がる。
私って彼の何?
さっきの電話の彼は、素の状態だった。
わかりやすく苛立ち表現していたのに、私の顔を見た途端サイボーグのようになった。
私には素の自分を見せる気がないとでも言うように。
近くの有名な中華料理店に連れて行ってもらったけれど、美味しいはずのお料理の味はよくわからなかった。
史也さんと何を話したのか記憶もない。