彼女の居場所外伝 ~たんたんタヌキ~
翌週、史也さんがペアチケットを貰ったのだと言って一緒に水族館に行くことになった。

休日にわざわざ誘ってくれるのだから嫌われてはいないはず。
私は不安な気持ちを押し込め、楽しもうと気持ちを切り替える。
派手にならないように気をつけた精一杯のおしゃれをして出かけた。

休日の史也さんと会うのは久しぶり。
それもこれも社長の健斗兄さんが家庭サービスとやらで自分は平日夜と休日をしっかりとキープしているから、その分のしわ寄せが社長秘書の史也さんと副社長の康ちゃんにいっているのだ。

二人がどんなに大変か、健斗兄さんはもう少し考えた方がいいと思う。



珊瑚礁を模した海水魚の巨大水槽、深海魚の水槽、淡水の水槽。
久しぶりに訪れた水族館はとても楽しい。大人になってから見ると子供の目線とは違う発見があってどれも興味深く見ることが出来た。史也さんは博識で私の知らないことを教えてくれる。

水族館の中のレストランでランチセットを食べ、午後からはアシカのショーを見る予定だ。

その前に、史也さんに断わって化粧室に向かう。
しっかりメイクを直して出て行くと、近くの柱にもたれかかるようにして史也さんはスマホを耳に当てている。どうやらまた電話だ。

史也さんにはいろいろなところから連絡がある。だから休日の電話もよくあることだ。
社長秘書って大変だなと、気の毒に思ってたら史也さんが電話の相手に向かって笑顔で応対していることに衝撃を受けた。

ところどころ聞こえてくる史也さんの声。

漏れ聞こえてくるのは「社長」とか「神田部長」とか。
「休日なのに災難だったね」と誰かを労っているような。

そして、電話の向こうの相手の言葉が面白かったのだろうか、ぷっと吹き出し肩を震わせて笑っている。

こんな史也さんは知らない・・・。
まただ。
また素の彼がいる。私の前では出てこない素顔の林史也という男性がそこにいた。

電話を切った後も史也さんは珍しくご機嫌で、いつもよりたくさん話しかけてくれたし、お土産にとシャチのぬいぐるみと珊瑚のピアスを買ってくれた。
何かごまかしている風でもなく、機嫌がいい。ただ私に対して後ろめたいような感情を読み取ることはなかった。

あの電話の相手、もしかしたら女性だったりしてーー
心の中のもやが広がっていく。
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