彼女の居場所外伝 ~たんたんタヌキ~
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どうやら康ちゃんに恋人が出来たらしい。
それまで直ぐに返信してくれたメールも時間がかかるし、電話も出てくれない。久保山のおうちにも顔を出さなくなっていた。
プライベートで会ったのは一度だけ。
それも久保山の伯父さま、伯母さまの結婚記念日の食事会にお呼ばれしたときだ。
康ちゃんと私は会社からレストランに向かい、健斗兄さんは一度自宅に戻り奥さんと子供達と共に来た。
その夜は楽しかったのだけれど、健斗兄さんの子供達がはしゃげばはしゃぐほど、健斗兄さんの奥さんと伯父さま、伯母さまが楽しそうに会話する様子を見れば見るほど、私はこの家族団らんの時間を邪魔していないかって初めて違和感を感じた。
祖父母、長男夫婦と孫、次男。
もしかしたら、私はこの久保山家に入り込んだ異物ではない?
今まで当たり前だった風景が少し違って見えることに自分で驚いた。
別に健斗兄さんの奥さんが他人行儀なわけでも、みんなから仲間外れにされているわけでもない。
彼女はとてもフレンドリーでせっせと私の分まで料理を取り分けてくれるし、子供たちは私の膝に乗ってきたりする。
でも、言いようのない違和感を感じるのだ。
どうして・・・。
ーーー康ちゃんが毎日忙しいのは知ってる。
プライベートが充実しているせいか仕事にもより一層力が入ってるみたいで社内の古株の重役達からの受けもいい。
康ちゃんに何度か恋人の存在を問いただしてみたけれど、何も教えてもらえない。
でも、絶対に何かある。
・・・健斗兄さんみたいに私のことなんてどうでもいい存在になっちゃうのかな。
嫌だ、絶対に嫌だ。
康ちゃんだけはずっと私のこと大事にして欲しいのに。
不安で不安で。
史也さんに会えない週末に康ちゃんに電話した。
土曜日の朝、昼、夜、折り返しの電話はなく、一度だけメールが来た。
何か困ったことがあるのなら健斗兄さんか久保山のおうちを頼るようにと。
しつこくメールをしていたら日曜日の昼にやっと電話に出てくれた。
おそらく彼女と一緒にいるんだろう康ちゃんへの嫌がらせの思いもあった。
史也さんとの関係の不安もあって早く帰ってきて欲しい、話を聞いて欲しいと言うと、康ちゃんは渋々ながら今夜は実家に帰ると言ってくれた。
でも、結局康ちゃんは帰ってこなかったーーー
翌日、副社長室に人気がなくなるまで私は残業をして待った。
しっかりと言い訳をしてもらわなければ、私の心が壊れてしまう。
史也さんとはうまくいかず、康ちゃんも離れていくなんて。
秘書室に残っているのは私だけだった。
史也さんはまだ帰宅していないものの海外事業部の会議に参加していて戻ってきてはいない。
そろそろいいかな。
私は副社長室の前室に入った。秘書の佐伯さんはもちろん帰宅しているし、来客の予定がないのは確認済みだった。
執務室のドアは開いていて、ノックしないでそのまま入ることが出来た。
「康ちゃん」
呼びかけると、デスクワークしていた康ちゃんが驚いたように顔を上げた。
「薫、なんでここに?」
一瞬ひそめられた眉に、自分への拒絶を感じて思わず涙がこみ上げてくる。
「康ちゃんも私を捨てるの」
「何言ってるんだ」
顔色を変えた康ちゃんが立ち上がり、私の前に来た。