彼女の居場所外伝 ~たんたんタヌキ~
「お手伝いしましょうか」
割り込んできた声に顔を上げると、分厚いビジネスバッグを持った同期の女子社員、佐本由衣子が立っていた。
少女の扱いにほとほと嫌気がさしていた私は「お願いできる?」と素直に場所を空けた。
「ええ、もちろん」そう言うと佐本さんは流暢なイタリア語で少女に話しかけ、いきなり少女を抱きしめた。
ええ?そんなことしたら、少女の涙と鼻水、よだれでスーツが汚れてしまうのに。
海外事業部の彼女の業務は会社の看板を背負っていると言っても過言ではない。だから上等なスーツを身に纏っているのだろうに、構わず抱き寄せるとはいい度胸をしている。
とてもじゃないけど、私には真似できない。
今日の私もハイブランドのものを着ている。
佐本さんは少女の背中をさすり落ち着かせると話しかけた。
『ね、あなたのお名前を教えて』
『・・・アンジュラ』
『いい名前ね、アンジュラ。天使かしら。きっとあなたのパパとママにとってあなたは天使なのね』
『・・・』
『私はユイコ。アンジュラはここに何しに来たの?』
『ママを探しに。ママはどこ?』
『ママがここにいるの?』
『あれがあったから、ママはここにいるんでしょ』
少女は私の手にある名刺を指さしてまた目を潤ませる。
『目が覚めたらママがいなかったーーー』
そこからまたぐじゅぐじゅと泣き始めてしまう。
佐本さんが根気よく少女に話しかける。
そうやって宥めながら英語混じりの訛りの強いイタリア語を聞き取ったところ、ーーーやはり少女は専務の隠し子ではなかった。たぶんだけど。
「寝ている間に母親がいなくなり、この子がひとりで母を探して部屋から出てきてしまったみたいですね。どうやらホテルにでもいたんじゃないでしょうか。建物を出たところにタクシーがいたから乗ったと言っています。
それと、母親は子供をひとりにしたつもりはなかったと思います。シッターがついていたんじゃないかと。誰かの目を盗んで出てきたと本人が言っていますから」
「で、どうしてわたしの名刺を持ってここに」
「・・・ここから先は想像なんですけど、たまたまもらった名刺がテーブルの上にあった。この子は日本語が読めませんから勘違いしたのではないかと」
えええー、と専務が肩を落とす。
「なんてことに巻き込まれたんだ・・・」
「いつも母親は留守にするときに、娘にあてて簡単なメモを残していたようです。今日はそれがなくて代わりにこれがあった、と」
そんな馬鹿なーーーといえないこともない。
佐本さんはハンドバッグの中から焼き菓子をとりだして鼻をすする少女に見せた。
『これよかったら食べてみる?アレルギーってわかるかしら。ママから食べてはいけないって言われてるものはない?』
少女はこくこくと頷いている。
包装の上の方を切り取り、少女に持たせると少女はすぐに頬張り笑顔を見せた。
『もう一つあるからゆっくり食べて』
佐本さんは優しい笑みを浮かべ少女の頭をなでた。
「専務、昨日名刺交換をした人物の中に彼女の両親に該当しそうな人物はいませんか」
佐本さんの言葉に専務秘書が慌てて手帳を開く。
「昨日の午前中の来客者の中に新規はいません。あるとするとーーー夜顔出しすると仰っていた奥様関係のフラワーデザイナーのパーティーですが」
そこで専務が「あ!」と声を出した。
「そうだ。何人かと名刺交換をしたが、妻に紹介された外国人女性がいたよ」
「すぐ奥様に連絡をします」と秘書がスマホを取り出してかけると、母親らしき女性の連絡先はすぐにわかった。
佐本さんの想像は概ね当たっていて、それからあっという間に少女の母親が迎えに来た。
割り込んできた声に顔を上げると、分厚いビジネスバッグを持った同期の女子社員、佐本由衣子が立っていた。
少女の扱いにほとほと嫌気がさしていた私は「お願いできる?」と素直に場所を空けた。
「ええ、もちろん」そう言うと佐本さんは流暢なイタリア語で少女に話しかけ、いきなり少女を抱きしめた。
ええ?そんなことしたら、少女の涙と鼻水、よだれでスーツが汚れてしまうのに。
海外事業部の彼女の業務は会社の看板を背負っていると言っても過言ではない。だから上等なスーツを身に纏っているのだろうに、構わず抱き寄せるとはいい度胸をしている。
とてもじゃないけど、私には真似できない。
今日の私もハイブランドのものを着ている。
佐本さんは少女の背中をさすり落ち着かせると話しかけた。
『ね、あなたのお名前を教えて』
『・・・アンジュラ』
『いい名前ね、アンジュラ。天使かしら。きっとあなたのパパとママにとってあなたは天使なのね』
『・・・』
『私はユイコ。アンジュラはここに何しに来たの?』
『ママを探しに。ママはどこ?』
『ママがここにいるの?』
『あれがあったから、ママはここにいるんでしょ』
少女は私の手にある名刺を指さしてまた目を潤ませる。
『目が覚めたらママがいなかったーーー』
そこからまたぐじゅぐじゅと泣き始めてしまう。
佐本さんが根気よく少女に話しかける。
そうやって宥めながら英語混じりの訛りの強いイタリア語を聞き取ったところ、ーーーやはり少女は専務の隠し子ではなかった。たぶんだけど。
「寝ている間に母親がいなくなり、この子がひとりで母を探して部屋から出てきてしまったみたいですね。どうやらホテルにでもいたんじゃないでしょうか。建物を出たところにタクシーがいたから乗ったと言っています。
それと、母親は子供をひとりにしたつもりはなかったと思います。シッターがついていたんじゃないかと。誰かの目を盗んで出てきたと本人が言っていますから」
「で、どうしてわたしの名刺を持ってここに」
「・・・ここから先は想像なんですけど、たまたまもらった名刺がテーブルの上にあった。この子は日本語が読めませんから勘違いしたのではないかと」
えええー、と専務が肩を落とす。
「なんてことに巻き込まれたんだ・・・」
「いつも母親は留守にするときに、娘にあてて簡単なメモを残していたようです。今日はそれがなくて代わりにこれがあった、と」
そんな馬鹿なーーーといえないこともない。
佐本さんはハンドバッグの中から焼き菓子をとりだして鼻をすする少女に見せた。
『これよかったら食べてみる?アレルギーってわかるかしら。ママから食べてはいけないって言われてるものはない?』
少女はこくこくと頷いている。
包装の上の方を切り取り、少女に持たせると少女はすぐに頬張り笑顔を見せた。
『もう一つあるからゆっくり食べて』
佐本さんは優しい笑みを浮かべ少女の頭をなでた。
「専務、昨日名刺交換をした人物の中に彼女の両親に該当しそうな人物はいませんか」
佐本さんの言葉に専務秘書が慌てて手帳を開く。
「昨日の午前中の来客者の中に新規はいません。あるとするとーーー夜顔出しすると仰っていた奥様関係のフラワーデザイナーのパーティーですが」
そこで専務が「あ!」と声を出した。
「そうだ。何人かと名刺交換をしたが、妻に紹介された外国人女性がいたよ」
「すぐ奥様に連絡をします」と秘書がスマホを取り出してかけると、母親らしき女性の連絡先はすぐにわかった。
佐本さんの想像は概ね当たっていて、それからあっという間に少女の母親が迎えに来た。