彼女の居場所外伝 ~たんたんタヌキ~
海外事業部のメンバーは海外出張が多く、フレックスタイムで働いてるため捕まえるのが中々難しい。

専務の会食のお伴で出掛ける専務秘書に頼まれ私が佐本さんにクリーニング代を届けることになった。


うちの社内でも花形部署のひとつ、海外事業部に顔を出すのは初めてだ。

フロアの中はあちこちから外国語が聞こえてくる。

壁にならべて掛けられた時計は各国の時差を表しているらしい。
ロンドン、マドリード、ベルリン、ドバイ、ニューヨーク、シドニー、シンガポール、リオデジャネイロ・・・・

この部署の抱える仕事のスケールの大きさを改めて肌で感じて怯みそうになる。

キョロキョロとしていると、見知った顔の人に声をかけられた。

「おやおや秘書さんがうちの誰になんのご用かな?」

「お久しぶりです、八木さん。お疲れさまです。専務からのお使いで佐本由衣子さんに」

声をかけてくれたのは八木さんという40代半ばの男性社員だ。
八木さんは元秘書室勤務をしていた私の先輩社員だ。

彼は女性が多い秘書室にいて女性同士の独特なトラブルに巻き込まれることも女性関係のトラブルを起こすこともなく、平等と平和と調和をスローガンに勤め上げ、3年前めでたく海外事業部長に引っ張られ異動になった人物だ。

「うちの薔薇姫、何かやらかした?」

「いいえ。反対に助けて頂いたのでお礼とお詫びに」

「へぇ。その話興味あるな。でも今は聞いてる時間がないか。電話会議の時間が迫ってるんだよな。うーん、また連絡するから話聞かせてよ。別に極秘事項含まれてないだろ」

「はい、特には」

「なら、いいな。明日昼に社食で待ってるから。じゃあね」

ああ、姫の席は隣のドアから入った右奥。すぐにわかるよ、そう言って八木さんはパソコン抱えてどこかにでていってしまった。
相変わらずのマイペース。この職場でもあのスローガンを変えず暮らしているのだろうか。


八木さんに言われた通りのデスクに彼女はいた。
スマホを肩で挟み両手でパソコンを操作しながら器用に通話をしている。

同じことをを若い男性社員がやっていたらちょっと出来る男を気取って嫌な感じだと思っただろうけど、凜とした雰囲気の彼女がやると格好いいと思ってしまい不思議と嫌な感じはしなかった。

それはデスク周りがきちんと整頓されていること、置かれたマイタンブラーやステーショナリーに如何にもといったキャラクターや女性らしいデザインのものが使われていないせいでもあるかもしれない。
中性的というか、シンプルでそれがかえって好印象を与えている。

確かに『薔薇の花』かも。
野バラでもアーチに使われるものでも無く、真っ直ぐ伸びた一輪の薔薇。



通話を終えるのを待って彼女に声を掛けた。

「あら、下平さんじゃない。わざわざ来てくれたっていうことはもしかしなくてもクリーニング代とか?」

勘のいい人は嫌いじゃない。有能だという専務の言葉に間違いはなかった。

「ええ、さっきは本当にありがとう。助かりました」
同期ではあるけど、親しくもないから言葉使いをどうしようかと思ったけど、彼女が砕けた様子で話しかけてくれたから中途半端な丁寧語になってしまった。

「ううん、なんだか訳わからないイタリア語が聞こえてきたから気になって顔突っ込んじゃっただけ」

にこりと微笑んだ佐本さんの顔は、どこかの女優のようなちょっとした美人と違い普通の血の通った人のもので、だからこそそこにいる人を引きつけてしまう。同性でありながら一瞬息をのんでしまいそうになった。

「おやおや、いいねぇ美人は。今度は秘書室と親しくなろうとしてんのか。合コンなら誘ってくれよ。それとも大企業の御曹司じゃないと相手してくれないのか」

そんな気持ちに水を掛けられたような言葉にむっとして振り返ると、私たちより幾つか年上だろう男性社員がすぐ後ろに立っていた。

高そうなスーツに高級腕時計、香水がきつめで不愉快。
顔は好みじゃないけど悪くはない。でも、その笑みからは底意地の悪さが透けて見える。
トータルの印象は『なんだコイツ』

「美人が集まって何の相談?次はどこの会社のお偉いさんを狙おうかって?俺にもひとくち噛ませてもらえないかな」

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