彼女の居場所外伝 ~たんたんタヌキ~
「上田さん、彼女は秘書室の宝なの。私たちみたいな下々の者が手を出したら社長に目をつけられますよ。そんなことよりーーー」
佐本さんの優しげな目がすっと細められた。
「ロシアのドーブラジャル社、来月辺りまずいんじゃないかしら。政府に目をつけられたって話もあるし、ああ、でもこんなこと私が言わなくったってもう上田さんが情報仕入れて対応に動いてるんでしょうけど」
「はっ?!」
上田さんと呼ばれた男性社員は何か思い当ることがあったのか眉をしかめて視線を斜め上に上げた後、ふんっと鼻を鳴らして去って行った。
ホントなんなのあれ、
私は呆然と男の後ろ姿を見送った。
「ごめんね、嫌な気分にさせちゃった。ちょうどコーヒーでも飲もうと思ってたの。よかったら一緒にどう?海外事業部のレストコーナーっていろんな国の飲み物があるのよ」
あ、時間があればだけどと慌てて付け加えた彼女に私は微笑み返した。
海外事業部や役員付の秘書と違って私はフレックスタイム制ではない。もう退社時間なのでこの後暇を持て余していたから時間などいくらでもある。
「どうぞ」と案内されたのは自販機や最新のカフェマシンがずらりと並ぶレストスペースだった。色気のない事務用の棚にはコーヒー豆とお茶の葉が何十と並んでいる。
「みんな出張のお土産にって買ってきてはここに置いてくからこんなことになってるの」
好きなのを飲んでねと言われても種類が多すぎて選べない。
困ってうーんと悩んでいると、
「コーヒー、紅茶?他にも中国茶もあるけど」
「香りが強いのは?」
酸味は、苦みは、コクはーーと的確な質問をされ結局佐本さんが選んでくれたコーヒーをいただくことになった。
「あ、美味しい」
フルーティーで苦みが少ない。とても飲みやすい初めての味と香りに驚いて何度もカップを近づけ香りを吸い込んでしまう。
そんな私の様子に「よかったわ」と佐本さんが笑みを浮かべた。
「さっきは同じ部署の人間が失礼なことを言って気分を悪くさせてごめんなさいね」
「別に佐本さんのせいじゃないでしょ。ーーなにか嫌がらせでもされてるの?」
彼女の慣れたようなあしらい方が気になってしまい思わず聞いてしまう。踏み込み過ぎかなと思わないでもないけど。
途端に彼女がふふふっと笑い「優しいのね」と言う。
「そんなことないわ。何か困ったことがあるなら聞くわ」
「ありがとう。でも大丈夫、慣れてるから」
そう言ってそれ以上の問いかけを拒絶するように「おかわりは違うのにしてみる?」と微笑んだ。
何か聞かれたくないような話なんだろうか。
私なら内密に社長や会長にだって言ってなんとかしてあげることも出来るのに。
言いかけた私に「大丈夫なの。本当よ」と言って今度は軽食が置いてあるコーナーから高級チョコレートを持ってきて私のソーサーの上にコロンと置いた。
「嫌いでなければこれもどうぞ」
それ以上聞くことは出来なくて諦めるしかなかった。
「ね、同期なのにゆっくり話すのは初めてね。私、いつも下平さんのセンスが素敵だなって思ってたの。特に靴。パンプスもハイヒールも。入社式に履いてたのはどこのメーカー?固そうに見えて柔らかそうなレザーよね。型崩れとかしないの?今日のパンプスはどこの?私が知らないだけかしら。ファンニィーのに似てるけど、よく見たら全然違うし。こっちの方が履きやすそう」
矢継ぎ早に問いかけられ私は驚きと同時に嬉しくなった。
私のこだわりは靴なのだ。
「佐本さんは靴に興味があるの?」
「ええ、でもうまくいかないのよね。服に合わせて選んでるつもりだけど、歩きにくかったり、形はいいのに安定性がイマイチとか、私の足に合わないとかの問題だけじゃなくて色も。ベージュっていってもオレンジが強いのと黄味が強いとか白っぽいとか。私の肌色に合いつつ履きやすくて、なんて条件で探すなんてもう無理。休日の一日を潰して靴探しとか耐えられない」
思ったより多弁な彼女。
完璧美女の悩みを明かしてもらったようでなんだか気分がよくなる。
佐本さんの優しげな目がすっと細められた。
「ロシアのドーブラジャル社、来月辺りまずいんじゃないかしら。政府に目をつけられたって話もあるし、ああ、でもこんなこと私が言わなくったってもう上田さんが情報仕入れて対応に動いてるんでしょうけど」
「はっ?!」
上田さんと呼ばれた男性社員は何か思い当ることがあったのか眉をしかめて視線を斜め上に上げた後、ふんっと鼻を鳴らして去って行った。
ホントなんなのあれ、
私は呆然と男の後ろ姿を見送った。
「ごめんね、嫌な気分にさせちゃった。ちょうどコーヒーでも飲もうと思ってたの。よかったら一緒にどう?海外事業部のレストコーナーっていろんな国の飲み物があるのよ」
あ、時間があればだけどと慌てて付け加えた彼女に私は微笑み返した。
海外事業部や役員付の秘書と違って私はフレックスタイム制ではない。もう退社時間なのでこの後暇を持て余していたから時間などいくらでもある。
「どうぞ」と案内されたのは自販機や最新のカフェマシンがずらりと並ぶレストスペースだった。色気のない事務用の棚にはコーヒー豆とお茶の葉が何十と並んでいる。
「みんな出張のお土産にって買ってきてはここに置いてくからこんなことになってるの」
好きなのを飲んでねと言われても種類が多すぎて選べない。
困ってうーんと悩んでいると、
「コーヒー、紅茶?他にも中国茶もあるけど」
「香りが強いのは?」
酸味は、苦みは、コクはーーと的確な質問をされ結局佐本さんが選んでくれたコーヒーをいただくことになった。
「あ、美味しい」
フルーティーで苦みが少ない。とても飲みやすい初めての味と香りに驚いて何度もカップを近づけ香りを吸い込んでしまう。
そんな私の様子に「よかったわ」と佐本さんが笑みを浮かべた。
「さっきは同じ部署の人間が失礼なことを言って気分を悪くさせてごめんなさいね」
「別に佐本さんのせいじゃないでしょ。ーーなにか嫌がらせでもされてるの?」
彼女の慣れたようなあしらい方が気になってしまい思わず聞いてしまう。踏み込み過ぎかなと思わないでもないけど。
途端に彼女がふふふっと笑い「優しいのね」と言う。
「そんなことないわ。何か困ったことがあるなら聞くわ」
「ありがとう。でも大丈夫、慣れてるから」
そう言ってそれ以上の問いかけを拒絶するように「おかわりは違うのにしてみる?」と微笑んだ。
何か聞かれたくないような話なんだろうか。
私なら内密に社長や会長にだって言ってなんとかしてあげることも出来るのに。
言いかけた私に「大丈夫なの。本当よ」と言って今度は軽食が置いてあるコーナーから高級チョコレートを持ってきて私のソーサーの上にコロンと置いた。
「嫌いでなければこれもどうぞ」
それ以上聞くことは出来なくて諦めるしかなかった。
「ね、同期なのにゆっくり話すのは初めてね。私、いつも下平さんのセンスが素敵だなって思ってたの。特に靴。パンプスもハイヒールも。入社式に履いてたのはどこのメーカー?固そうに見えて柔らかそうなレザーよね。型崩れとかしないの?今日のパンプスはどこの?私が知らないだけかしら。ファンニィーのに似てるけど、よく見たら全然違うし。こっちの方が履きやすそう」
矢継ぎ早に問いかけられ私は驚きと同時に嬉しくなった。
私のこだわりは靴なのだ。
「佐本さんは靴に興味があるの?」
「ええ、でもうまくいかないのよね。服に合わせて選んでるつもりだけど、歩きにくかったり、形はいいのに安定性がイマイチとか、私の足に合わないとかの問題だけじゃなくて色も。ベージュっていってもオレンジが強いのと黄味が強いとか白っぽいとか。私の肌色に合いつつ履きやすくて、なんて条件で探すなんてもう無理。休日の一日を潰して靴探しとか耐えられない」
思ったより多弁な彼女。
完璧美女の悩みを明かしてもらったようでなんだか気分がよくなる。