彼女の居場所外伝 ~たんたんタヌキ~
「私でよかったら手伝いましょうか?」

「え、本当?」

褒められたのが嬉しくて思わず口から出てきた言葉に佐本さんが飛びつくように私の手を握ってきた。

美人に手を握られてなぜか私の顔が赤くなる。
きめの細かい肌に艶のあるセミロングの髪、きれいに整えられた爪・・・爪?

「・・・どうしてこんなに爪が短いの?」

「あ、これ?うん、よく聞かれるわ。長い爪って邪魔じゃない?料理も仕事もそうだけど、洗顔もシャンプーも。それにネイルにも時間かかるし」

「そ、そうかしら」
今まであまり考えたことはなかった。
きれいであるためにネイルは必須アイテムだったし。

「佐本さん、料理とかするのね」

「するわよ~。っていってもおしゃれな洋風料理は無理。私祖母に育ててもらったから基本的に和食しか作れないの。後はお酒のつまみとかどんぶり」

え。
予想外の返答に束の間固まる。

「ふふ、意外?よく言われる。ああ、ちょっとしゃべり過ぎちゃったわ。最近嫌なことばかりで落ち込んでたから。下平さんに話しかけてもらってちょっと浮かれちゃったのね」

彼女がちらっと時計を見たことでああまだ仕事が残っているんだと気がついた。

「佐本さんの時間があるときに連絡して。私のおすすめのショップに連れていくわ。一日なんてかからないから、就業後でも大丈夫よ」

佐本さんの大きな黒目が更に大きくなってまん丸になった後きれいな弓形に変わった。
「嬉しい」

えー、
なんだか、悔しいけど、悔しいけど、悔しいけど、
綺麗で可愛いって超反則。


翌日、約束した八木さんとの社食での昼食。
言いたくはなかったので、自分のイタリア語が使い物にならなかったことは言わず専務が彼女に助けてもらったのだと話した。

「へぇ~、薔薇姫らしいね。ああ見えて世話好きだから」

世話好き?
私が持っている佐本さんのイメージとは違うんだけど。

「まああんまり知られてはいないけど。結構いい奴だよ。棘は身を守るための虚勢だ」

私の教育係だった八木さんの言葉は軽いものではない。

「チャンスがあれば話をしてごらんよ。多分、その辺の男なんかよりずっと刺激的だし視野が広がるはずだよ。ただ問題は佐本さんが本音で話をしてくれるかってことだけど。下平さんも複雑なこと考えないで接してみたらいいよ」

「ーーー考えておきます。そんなチャンスがあればですけど」

八木さんはその後も、ああ見えてちょっと不器用とか、美人と言われすぎてて可愛いと言われると恥ずかしそうにするとか、薔薇姫のイメージと違って焼酎とか塩辛などの渋いものが好きとかよくわからない情報をくれた。

・・もしかして短い爪は不器用でネイルがうまく出来ないからーーじゃないよね、まさか、まさか。ネイルはお店でやってもらってるはずだし、料理の邪魔になるって言ってたし・・・ねぇ。



それから2週間ほど後に佐本さんから連絡をもらった。
何でも予期せぬ出張先でお気に入りのパンプスをひとつダメにしてしまったのだとか。

「まさかぬかるんだ砂利の田舎道を歩くと思ってなかったから」だそうで。
いつも長期出張にはハイヒールとパンプスを一足ずつ持って行っているのだけれどさすがにスニーカーまで持ってなかった、と言っていた。

彼女からのヘルプに応え、就業後の短い時間でお気に入りのシューズショップの一つに案内した。

残念ながら私の一押しのシューフィッターさんはお休みをとっていたから代わりの人と私とで彼女の足に合ったパンプスを何足か選び、彼女はその中から2足購入をした。

「ありがとう。本当に下平さんってセンスがいいのね。セレクトショップでも始めたら私絶対に常連になるわ」

「セレクトショップ?」

「ええ。自分には好みじゃないものだって私に似合うと思ったからいろいろ選んでくれたんでしょ。あなたが私のためにパンプスを選んでくれている姿なんて目がキラキラしてていつもより3割増しで綺麗だったからドキドキしちゃったわ」

「そんなことーー」

「そんなことあるわ。もしよかったら、またお願いしてもいい?冬のショートブーツとか」

「私でよかったら。今度は違うお店を紹介するわ」

自分の選んだものを喜んでもらったこと、センスを褒めてもらえたことがこんなに嬉しいことなんて。
私は心の中でガッツポーズをした。
今までも私のファッションのセンスがいいと言われたことはあるし、その容姿と共にモデルみたいと言われたこともある。

でも、他人のものを選ぶことの楽しさは知らなかった。
父や久保山の男性陣に贈るネクタイを選ぶのとは訳が違う。
女性の靴を選んだのは初めてで、とても楽しくて興奮した。

おまけにその靴をはくのがあの八木さんが言っていた薔薇姫こと佐本由衣子なのだから。





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