彼女の居場所外伝 ~たんたんタヌキ~
「最近忙しそうだけど、何をやってるんだ?」

「うん。カラーの色彩検定受けようと思って勉強。あとちょっと仕事以外の知り合いが増えたから土日にあちこち出掛けたりとか」

「色彩?」
「仕事以外の知り合い?」

健斗兄さんがぽかんと口を空けてる。

「ある女性の靴を選んであげたら、そこからファッション誌の編集さんとかコーディネーターさんとかと知りあって。話を聞くうちにもっと知りたくなって、今深みに嵌まってるところ」

「薫ちゃん、前からセンス抜群だものね。だったら今度私の靴とバッグもお願いしたいわ。幼稚園の保護者会用と親子遠足用の二種類で」  

小百合さんが両手を合わせてお願い、と首を傾けている。

「私でいいの?」

「もちろん。っていうか薫ちゃんがいいの。私の好みを理解しつつ高級になりすぎずチープにもならないあたりで、私に似合うものを選んで欲しいの。昔から久保山家のお付き合いでいろいろな世界を見てきた薫ちゃんなら信頼できるし」

「ええー、小百合さんちょっと褒めすぎ」

だからお願い、って言われたら嫌なんて言えるはずもない。
私で良かったらなんて返事をしてしまう。

「何か打ち込める趣味が見つかったのはいいけど、林との仲はどうなってるんだ?」

「えーっと、あちらからは何も聞いてないの?」

「プライベートだからな、聞いてない」

…やっぱりそうきたか。
聞きたくても聞けなかったか、教えてもらえなかったか。
健斗兄さんの渋い表情にそう想像する。

「2ヶ月くらい前かな、ちょっと喧嘩になっちゃって。それから連絡とってないの。もう自然消滅」

は?
健斗兄さんが怪訝な表情を浮かべる。
今日の健斗兄さんは表情が忙しい。

「林と薫で喧嘩になるのか?」

「まぁ、もちろん私が一方的に怒って、彼は呆れてただけとも言うね」

「…そうだよな。でもあんなに付き合いたいって言ってた相手だったのにいいのか?」

「いいのよ。さすがに私も振り向いてくれない相手にすがり付くのも疲れたし」

忙しいのはわかっているけど、たまのメールも食事の誘いも全部わたしから。
最後に会った時はまだ佐本さんに会う前で、私もイライラしていた。

だから、もう少し会って欲しいとか、やっぱり久保山のおうちに帰りたいとか言ってしまって、史也さんに呆れられたのだ。

意地になって私から連絡しなかったら史也さんからも連絡がなく。
それで2ヶ月後の現在に至る。

「薫、お前本当にそれでいいの?」

「いいの」

「本当に?」

「しつこいよ。今の私は毎日忙しいし楽しいから。当分恋愛は封印の方向で。健斗兄さんにも迷惑かけちゃったけど、終了ってことで」

健斗兄さんと小百合さんはまだ微妙な顔をしていたけど、こればっかりは仕方ない。

史也さんはどうやら近々別の部署に異動になるらしく秘書室内で顔を合わせることは稀だ。
社長室でベテラン秘書の森元さんに社長秘書の引き継ぎをしながら、空いた時間はどこか違うフロアにいるのだろう。

顔を合わさなくて済むのはラッキーだった。
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