彼女の居場所外伝 ~たんたんタヌキ~
それから私に大きな転機が訪れることになる。


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お正月になり父が転勤先の九州から戻ってきたので父子で久しぶりに膝を付き合わせてお酒を飲んだ。
二人きりの食事ならともかく、こうしてゆっくりお酒を飲むなんて、おそらく初めて。

今年は久保山のおうちの新年の集まりには参加せず、元日に父と挨拶に行っただけ。
ヘタに集まりに顔を出すと厄介な蛍頭の大叔父様に「いい歳だから」と見合いを勧められるから面倒くさいし、参加しないという選択は間違ってはいないと思う。



「薫も今年はもう28になるのか。母さんが薫を産んだ歳だな」
寂しげにお猪口を口に運ぶ父に年齢を感じた。

「ごめんね、今年も出産どころか結婚の予定もなくて」

それどころか恋人もいない。

「それはいいんだ。何だか以前より薫が楽しく過ごしているみたいだし。父さんは今まで何から何まで久保山の家に頼りっぱなしだった。大人になった娘と二人で酒を飲む機会も作らなかったダメ親父だから何も言う権利はないよ」

「ダメ親父だなんて言わないでよ」

さすがに父は気にしていたらしい。
でも、父だって大変だったのだ。
急成長する会社に勤めながら幼い娘を育てるのがどれだけのことか、今ならわかる。

「なんだか、家の中も変わったな」

そう言って部屋の中をぐるりと見回す。

「そうなの。久保山のおうちに行かず自宅で過ごすようになったから、家事家電に興味がでていろいろ買い足しちゃった。健斗兄さんからの誕生日のプレゼントもアクセサリーじゃなくてアレ」

私が指差したのはキッチンにある高級トースター。
伯父伯母からは高級ジューサー。栄養素を残して絞れるという評判の品だ。
ついでに言うと康ちゃんからはロボット掃除機が宅配便で届いた。

康ちゃんは地方の会社と本社を行き来していてたいそう忙しいらしいのだが、その割には顔色がいい。やる気に満ちあふれているって感じであの窶れてしぼんでいた姿は今はどこにもない。

康ちゃんからは何も聞いていないけれど、健斗兄さんの話では婚約の話が出るかもしれないのだそう。
お相手の話は聞いていないけれど、今ならそれが谷口さんでも私は反対する気はない。そもそも反対する権利もない。

ただ、お相手の方が私を親戚として受け入れてくれるといいなと思う。たぶん、もう邪魔はしないから。



大した料理は作れないけど、前より自炊する日が増えた。

「本当に薫は変わったな」

父にもしみじみ言われると胃が痛くなりそう。

確かに一時期の私は異常だった。
今考えると、なんだけど。
あの頃は狭い世界にいすぎていて自分の異常性がわからなかった。

きっかけはやはり佐本さん。

彼女との出会いが私を変えたと言っても過言ではない。
彼女が私のセンスが好きだと言ってくれて、私はその腕を磨くために多く外に出て、知り合いが増え、次第に環境が変わった。

佐本さんと久保山家の女性陣、数少ない友人に私の技術を提供し好評を得て満足している。

いま私のSNS投稿はバズりフォロワーは激増しているし。
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