彼女の居場所外伝 ~たんたんタヌキ~
それでな、と父が呑んでいたお猪口をテーブルに置いた。

「お父さん、考えたんだけどなーーー薫、今の会社を辞めて独立して好きなことをやってみたらどうかな」

「会社を辞める?」

「そう。久保山の傘の下を飛び出して好きなことをやるんだ。もちろん、縁を切るわけじゃないし付き合いを絶つ訳でも疎遠になるわけでもなくて、逆に久保山の名前は迷惑にならない程度に使えるところでは使わせてもらって・・・ってこれは悪い言い方だけどな」

久保山の傘の下を飛び出して
好きなことをやるーーー

父からの予想外の提案に驚きすぎて声が出ない。

「お父さんだって久保山家にはほど遠いけどそれなりに稼ぎはある。一人娘を外国へ勉強に出してやるくらいの経済力もあるんだぞ。無理にとは言わないが、やりたいことがあるのならもっとやってみたらどうだ」

外国?外国?
そんなこと考えたこともなかった。

「好きなんだろう?靴とか。似合うものを勧めるのが上手だって義姉さんが言ってたよ」

それは、好き。

私の選んだものをひとに勧めて喜んでもらうのも。

でも最近はセンスを生かして探すのもひとに勧めるのも自分の周りだけでは物足りなく感じていたことは事実だ。


「実はこれ、久保山の義姉さんの提案でな。ーーー情けないことに父さんはお前の好きなもののことを知らなかった。義姉さんが言うには、亡くなったお前のイタリアの爺さんの親戚に何とかって言う洋服?だかのセレクトョップ?とかいう店をやってる人がいるからそこに薫を勉強に行かせるのもいいかもしれないと言ってたんだ」

父の話は父もあまり理解していないのだろう、?が多くてくすりと笑ってしまった。
でも、その予想外な提案に思わず前のめりになってしまう自分がいるのも事実で。

あまり付き合いのない祖父の親戚を頼るかどうかは別として、面白そう。

そうか、そんな手もあったのか。

自分の世界を更に広げるために、会社を辞めるという選択があったのだと気づかされた。

「義姉さんは資金援助するからって言ってくれたけど、それは父さんが断わった。将来、久保山の家をバックに起業するのも悪くないと思うけど、まだ薫の力は未知数だし、何よりそれじゃ薫の将来の道を決めることになってしまう。薫にはまず好きなことを勉強しに行ってそれがどうにもものにならなければ、また違う道を探す選択をさせてやりたいと思うんだ」

「お父さん・・・」

「急いで決めることはないさ。こんな話もあるってことで考えてみてごらん。今まで何もしてあげられなくて悪かったと思ってる。薫は直ぐに結婚したいわけじゃなさそうだし、何をするにも今からだって遅くないと思うんだ」

父はそう言ってまた日本酒の入ったお猪口をお猪口を口にした。

私が初めて作った下手くそなおせちをつまみにしてーーー

ーーーそう、
自分の能力は未知数。
このまま久保山の会社で流されるように秘書をして生きていくのか?

憧れは薔薇姫のように自分で切り開いていく人生。でも、そんなことが出来るのはごく一部の限られた人だけじゃないだろうか。
私は?って考えたときにすぐ思った。無理って。
でも、本当に無理なんだろうか。

このまま流されるような人生で本当にいい?
同じ流されるのなら好きなことに向かって大冒険してみてもいいんじゃないの?
でも、一人で飛び出せる?

・・・私はお正月からお腹が痛くなるほど考えることになった。



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