彼女の居場所外伝 ~たんたんタヌキ~
その結果、
ーーー私は日本を飛び出すことにした。
イタリアの親戚というのは祖父の妹の息子のお嫁さんの妹さんのことで、まあ大きくまとめたら遠い親戚なのか?と言う薄いうっすい間柄だった。
ただ、聞いてびっくり。
その妹さんが経営するセレクトショップというのがヨーロッパを中心にアメリカ、カナダにまで支店を持つような超有名店だったのだ。
残念なことに私が使える言語は日本語、英語、ちょっと自信をなくしたイタリア語。なので英語圏を主にした支店でアシスタント研修生というよくわからない肩書きをもらいオーナーのクラリッサの直轄で下働きしながら勉強させてもらう立場となった。
今まで貯めていた預金、父から援助してもらったお金と現地でもらうお給料で何とかやりくりしながら暮らしている。
日本での生活をきっぱりすっぱり切り離してしまったら、意外と大胆な自分に気がついた。
イタリアにいるクラリッサの指示であちこちの国に行くから荷物は最小限。
ショップが手配してくれた従業員のフラットはシェアハウスみたいで楽しいし、刺激的だ。
さみしがり屋な私にはこんな生活があっているのかもしれない。
オーナーのクラリッサは45歳。夫と二人の子どもがいる。健斗兄さんと年齢はあまり変わらない。
パワフルで素敵な女性で、私のことも歓迎してくれ、あなたが将来自分のセレクトショップを出せるように仕込んであげるわと言ってくれた。
今のところクラリッサが嬉々として私を使いっ走りにしているような気がしないでもないけれど、当然私に不満はない。
今日も朝からクラリッサの指示で何軒ものアトリエにお邪魔してドレス、帽子、靴にバッグ、アクセサリーとかき集めクラリッサのいるオフィスに運び込んでいる。
もう一軒回ったら簡単にランチをとろう。
ランチタイムはとっくに過ぎていてもうティータイムの時間だ。身体は空腹を訴えているけれど、心は満たされていて区切りまでやらないと自分の気が済まない。
通り向こうのカフェの角を曲がったその先の路地にあるのがクラリッサの最近のお気に入りのアクセサリー工房だ。今はまだ小さいけれど、クラリッサに目をつけられたのだ、今後大きくなる予感がしてならない。
あれ?
角を曲がったところの小道で少女がうずくまるように鼻をすすりながら座り込んでいる。
『どうしたの?』
私は自然に声が出た。
『ポシェットが・・・』
少女が目の前の街路樹の上の方を指さす。
見ればプラタナスの木の枝に可愛らしいピンク色のポシェットが引っかかっている。
『あれはあなたのものなの?』
問いかけると、少女は涙目でこくこくと頷く。
どうしてあんなところにーーーと聞けば、近所に住む年上の少年にとられて投げられてしまったのだと言う。いつも意地悪をされるのだと少女は唇を尖らせた。
ほんっとにどこの国も男の子という奴はタチが悪い。
私が背伸びしたくらいでは届かないけれど、ジャンプすれば何とかなりそう。
『取ってあげるから泣かないで』
そう声を掛けて弾みをつけて跳び上がろうとした途端、男性の手が伸びてきて木の枝に引っかかっていたポシェットが少女の手に戻ってきた。
『はい、どうぞ』
聞き覚えのあるその声に驚いて飛び上がりそうになる。
『ありがとう、お兄ちゃん』
『どういたしまして。ママが心配するから早くおうちに帰るんだよ』
少女の泣き顔が笑顔に変わる。何度も振り返り、グラッツィエと繰り返し手を振りながら帰って行った。
私も行かなくちゃ。
とりあえず、今この人と関わりたくない。
工房に向かって歩き出そうとする私の手が掴まれた。
「黙ってどこに行くつもり?」
私の手を掴まえてきたその手は力強くて振りほどけない。
むっとしながら掴んできた手を、腕を、肩から首、そして顔へとゆっくりと視線を上げてその人の顔を見る。
もちろん、そこにいたのは、私がよく知る人、ーーー史也さん。
半年ぶりに見る彼は社長秘書としてかっちりと整えられていた髪が少しラフになりスーツもネクタイも柔らかな印象のものに変わっていたけれど、やっぱり林史也そのひとだ。
ーーー私は日本を飛び出すことにした。
イタリアの親戚というのは祖父の妹の息子のお嫁さんの妹さんのことで、まあ大きくまとめたら遠い親戚なのか?と言う薄いうっすい間柄だった。
ただ、聞いてびっくり。
その妹さんが経営するセレクトショップというのがヨーロッパを中心にアメリカ、カナダにまで支店を持つような超有名店だったのだ。
残念なことに私が使える言語は日本語、英語、ちょっと自信をなくしたイタリア語。なので英語圏を主にした支店でアシスタント研修生というよくわからない肩書きをもらいオーナーのクラリッサの直轄で下働きしながら勉強させてもらう立場となった。
今まで貯めていた預金、父から援助してもらったお金と現地でもらうお給料で何とかやりくりしながら暮らしている。
日本での生活をきっぱりすっぱり切り離してしまったら、意外と大胆な自分に気がついた。
イタリアにいるクラリッサの指示であちこちの国に行くから荷物は最小限。
ショップが手配してくれた従業員のフラットはシェアハウスみたいで楽しいし、刺激的だ。
さみしがり屋な私にはこんな生活があっているのかもしれない。
オーナーのクラリッサは45歳。夫と二人の子どもがいる。健斗兄さんと年齢はあまり変わらない。
パワフルで素敵な女性で、私のことも歓迎してくれ、あなたが将来自分のセレクトショップを出せるように仕込んであげるわと言ってくれた。
今のところクラリッサが嬉々として私を使いっ走りにしているような気がしないでもないけれど、当然私に不満はない。
今日も朝からクラリッサの指示で何軒ものアトリエにお邪魔してドレス、帽子、靴にバッグ、アクセサリーとかき集めクラリッサのいるオフィスに運び込んでいる。
もう一軒回ったら簡単にランチをとろう。
ランチタイムはとっくに過ぎていてもうティータイムの時間だ。身体は空腹を訴えているけれど、心は満たされていて区切りまでやらないと自分の気が済まない。
通り向こうのカフェの角を曲がったその先の路地にあるのがクラリッサの最近のお気に入りのアクセサリー工房だ。今はまだ小さいけれど、クラリッサに目をつけられたのだ、今後大きくなる予感がしてならない。
あれ?
角を曲がったところの小道で少女がうずくまるように鼻をすすりながら座り込んでいる。
『どうしたの?』
私は自然に声が出た。
『ポシェットが・・・』
少女が目の前の街路樹の上の方を指さす。
見ればプラタナスの木の枝に可愛らしいピンク色のポシェットが引っかかっている。
『あれはあなたのものなの?』
問いかけると、少女は涙目でこくこくと頷く。
どうしてあんなところにーーーと聞けば、近所に住む年上の少年にとられて投げられてしまったのだと言う。いつも意地悪をされるのだと少女は唇を尖らせた。
ほんっとにどこの国も男の子という奴はタチが悪い。
私が背伸びしたくらいでは届かないけれど、ジャンプすれば何とかなりそう。
『取ってあげるから泣かないで』
そう声を掛けて弾みをつけて跳び上がろうとした途端、男性の手が伸びてきて木の枝に引っかかっていたポシェットが少女の手に戻ってきた。
『はい、どうぞ』
聞き覚えのあるその声に驚いて飛び上がりそうになる。
『ありがとう、お兄ちゃん』
『どういたしまして。ママが心配するから早くおうちに帰るんだよ』
少女の泣き顔が笑顔に変わる。何度も振り返り、グラッツィエと繰り返し手を振りながら帰って行った。
私も行かなくちゃ。
とりあえず、今この人と関わりたくない。
工房に向かって歩き出そうとする私の手が掴まれた。
「黙ってどこに行くつもり?」
私の手を掴まえてきたその手は力強くて振りほどけない。
むっとしながら掴んできた手を、腕を、肩から首、そして顔へとゆっくりと視線を上げてその人の顔を見る。
もちろん、そこにいたのは、私がよく知る人、ーーー史也さん。
半年ぶりに見る彼は社長秘書としてかっちりと整えられていた髪が少しラフになりスーツもネクタイも柔らかな印象のものに変わっていたけれど、やっぱり林史也そのひとだ。