彼女の居場所外伝 ~たんたんタヌキ~
「どうしてここにいるのかって?」

「ええーーはい」

「イタリアに転勤になったんだ。で、取引先に挨拶回りに、ね。その途中で自分の彼女の姿を見かけて追いかけてきたってワケ」

は?自分の彼女って?
何を言っているんだか。

「胡散臭い男だなって言いたげな顔をしているな」

口に出してはいなかったと思うけど、私の考えが読めるんだろうか。

「仕事のせいで離ればなれになっていた彼女の姿を半年ぶりに見かけたんだ、追いかけてこないわけがないだろう」

にやりと口角を上げた史也さん。
私は呆れて口がきけない。そんな情熱、私たちの間にはなかったよね。

私の中では康ちゃんに執着したことと史也さんに交際を迫ったことは既に黒歴史になっている。

「まだ薫も仕事中だろ。俺もあと何カ所か挨拶に回らないといけないから、後で夕食を一緒にとろう。夜7時でどう?」

強引な誘いにもちろん首を横に振った。
しかも、私の名を呼び捨てじゃない?こんな人だったかな。

「こっちに来てから7時に仕事が終わったことなんてないわ。それに、わたしもうあなたの彼女じゃないから。あの時のことを謝って欲しいのなら今謝る。ごめんなさい。私は馬鹿で子どもで世間知らずだった」

しっかりと謝罪もお別れも言わなかったのは申し訳なかった。

「迷惑を掛けて申し訳ありませんでした」

「それはなんに対しての謝罪?忙しくて連絡できなかったことなら俺も同じでね。長いこと付き合っている彼女を連絡もせず放置していたのだから」

・・・かなり前に私たちは自然消滅したはずだ。
半年も音信不通の間柄なのに彼とか彼女だなんてあり得ない。
それともいつまでもしがみついている女なのだと馬鹿にしているのかしら。

意味のわからないことをさらりと言う史也さんが信じられない。

「別れたいと言われてはいない。俺も別れようと言った覚えはない」

はあ?
「何を言ってーーー」

「ああ悪いけど時間がないんだ、言いたいことがあるなら今夜聞くから。夜8時半にオフィスに迎えに行く。じゃあな」

「ちょ、ちょっと待ってよ、ねえ」

自分の言いたいことだけを言って史也さんは大股でスタスタと角を曲がり、私が追いつく前に待たせていたらしい黒塗りの高級車に乗って行ってしまった。

嘘でしょ、史也さんったら何を考えているの。
別れてないとか本当にあり得ないし。
夕食なんて尚更行くはずがない。

悪い冗談だとため息と一緒に頭から吹き飛ばして工房への道を戻る。





ーーーーその時の私は史也さんは夕食の誘いにオフィスには来ないと思ったし、別れていないと言ったのも悪い冗談だと思っていた。


それが本気だったと知ったのはそれからすぐのこと・・・。

どんな手を使ったのか、アクロスのイタリア支社はクラリッサの店の取引先の一つになり、史也さん自身もクラリッサに気に入られ自由にオフィスに出入りする許可まで取り付けていた。

ヒマさえあれば私の職場に現れ、断わっても断わっても堂々と私を口説く腹黒い男。

日本から来た企業のイケメン支社長の顔とクラリッサの助手の恋人(私は認めていない、断固としてみとめていない)の男の顔を使い分けどんどん私の世界に入り込んでくる。

日本ではサイボーグだと言われ表情筋がストライキしていたはずのあの顔もイタリアでは動いている。主に思わせぶりな笑顔とか、腹黒そうな笑顔とか、フェロモンダダ漏れの笑顔とか・・・。

おかげで周りから「早く仲直りしなさい」「変な意地を張らないで」「求められこそ女はナンボよ」的なことを言われること数知れず。


本当に一連の行動の意味がわからないっ!ーーーとうとうそう叫んだ私の口に史也さんが私の腰を引き寄せ唇もキスするギリギリまで寄せて囁いた。

「あの繭から飛び出すことさえ出来れば薫がいい女になることはわかってたよ。よく頑張ったな」



ーーーーそれから後、
私が史也さんに再度恋をしたかどうかは・・・・ひみつ。





envy 薫

fine

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