彼女の居場所外伝 ~たんたんタヌキ~
「ずいぶん楽しそうだね」

将和さんがリビングに戻ってきて私の隣に座る。
将和さんのお母さんは「ごゆっくりどうぞ。お茶のお代わりは声をかけてね」と出て行ってしまった。

え、私の隣?ってドキドキするんですけど。
そんな私の気持ちに気づくことなく将和さんが手にしていた箱を私に見せる。

「これ、知ってる?」

「あ、花札ですね」

やったことはないけれど、見たことはある。
「かるたとかトランプみたいなものですよね」

「そう、で、おそらくこれなら健斗はやったことがない」
将和さんがにやりと笑う。

「でも、私もやったことがありません」

「俺が教えるよ。ルールはそんなに難しくない。健斗が花札に慣れる前に勝負を変えてしまえばいい。麻由子ちゃんが勝ち逃げをすればちょっとは気分がはれるだろう?」

「そうですけど、変えるって何に?」

「そうだな、単純なものにしよう。健斗は甘いものが苦手だから、どちらがたくさんマカロンを食べるかなんてものでもいい」

「うまくいけば2連勝ですね」

「いや、ここは3連勝を狙おうか」

将和さんはにやりと何かを企んでるような笑みを浮かべた。
普段の人の好さそうな顔にどこか黒いものを見たようで驚いて瞬きをすると、そんな様子はなかったように私の知っている将和さんに戻っていた。

「いいかい、俺の作戦はーーー」

身を乗り出して説明をし始めた将和さんに私も背筋を伸ばし頷いた。



それから私は毎週度々将和さんのお宅にお邪魔して花札を習うことになった。
何度か顔を合わせていると、次第に打ち解けていく。

「なんだかお休みの度にお邪魔してすみません」
「いいよ、俺も気分転換になってるしね」

将和さんには悪いけど、私の目的は健斗に勝ちたいより将和さんに会いたいって方に傾いているし、こうやって教えてもらっている時間が楽しくてたまらない。

「麻由子ちゃん、役は覚えた?」

「まだ何となくですけど。五光と四、三、月見で一杯、花見で一杯・・・あと文字の短冊のが3枚組と・・・えーっと」

「うんうん、なかなか優秀。今日もやりながら覚えようか」

「はいっ」

私たちは二人で行うゲームの「こいこい」を始める。
花札は勝負勘・度胸・かけひきと冷静さを必要とする知的なゲームなのだとゲーム制作会社として有名な企業のホームページにも書いてあった。そう、花札を作っているのは有名なあの会社だ。

ルールに慣れ始めたところで花札が楽しくなってくる。
でも、あれ?急に勝てなくなってきた。
ポーカーに勝てないのと同じで、場に置かれたカードに不正をしているわけじゃないだろうし。

上目遣いでじっと見つめると、将和さんがにこりと笑った。

「気が付いた?」

「うん、全然勝てないデス」

「勝負勘が必要だって最初に言ったよね」

確かにそれは聞いた。これは心理ゲームでもある。
役ができたときに継続する(こいこい)か、上りを宣言するかの選択をするかけひき。

いかに早く役を作るかだけでなく駆け引きも重要。

うーん、と考え込むと将和さんは私の頭をぽんぽんした。

「思い切りがいいのは麻由子ちゃんの利点だけど、駆け引きを覚えないと。健斗との花札勝負は一回戦だけにしよう。あいつがこのルールを覚えてしまったら麻由子ちゃんに勝機はないからね」

うん、なんとなくわかってました。
でも、健斗が知らないものなら私にもチャンスがあるはず。
< 44 / 87 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop