彼女の居場所外伝 ~たんたんタヌキ~
「ええっと。ーーーそろそろ父親としての責任を取ってもらおうかと思って」

女の口から出た言葉に唖然とする。
責任
父親としての責任だと?

「だったらまず君が誰でいつ俺とどういった関係にあったかの説明が先じゃないか」

どう見てもこの女性には見覚えがない。
この一言に尽きる。
俺の子どもだと言い張る女の目的は、おそらく金だろうが。

「リキはあなたにそっくり。これでも自分の子でないと言えるの?」

確かにあの子どもは俺に似ている。

チラリと隣に座る早希の様子を窺うが、その表情からは何も読み取ることはできない。
焦り、悲しみはおろか感情を浮かべることなく全くのポーカーフェイスで目の前に座る女を見つめていたからだ。

動揺していないのか?

反対に俺の背筋が寒くなった。
まさか、
まさか、
まさか早希はーーー
俺に呆れて俺から離れようと考えているんじゃないよな。


「リキはもうすぐ5才なの」

目の前の女の赤い唇が弧を描いた。

「あの頃の蒼はどんな女もよりどりみどり。特にクリスマスは楽しかったわね」

ほら思い出せと言わんばかりに女の目が細くなる。

もうすぐ5才ということは妊娠したのはもっと前かーーー蒼とクリスマスというワードに俺は考える。
昔俺の周りにいた女たちの誰かということか。

「やっと思い出してくれました?」
うふふと女が笑う。
「セキニン、取ってくださいね」

自信満々な女に冷たい視線を投げつけた。

「残念だが、俺は5年前のクリスマスも6年前のクリスマスもその頃既にモデルはやっていないし、この会社の支社で下積み生活をしていたからまっとうな生活をしていた。だから子どもの父親である可能性はない。いい加減なことを言うのはやめてもらおうか」

「可能性ないなんて言い切れないでしょ。リキの顔を見たら一目瞭然。誰が見たってあなたにそっくりだって言うわ」

何をっーーと言い返そうとしたときだった。

「リキ君のお母さん。あなたが望む康史さんの責任とはいったいなんでしょう」

今まで黙って座っていた早希が口を開いた。

「養育費。父親としての関わり。認知。生活を共にすること。それとも、康史さんの妻の座、ですか?」

抑揚のない淡々とした話し方はまるでビジネスの交渉のようだ。

早希の声からは彼女の思いがまるで見えない。
仮に目の前のこの女が妻の座が欲しいと言ったら早希はどうするのだろう。どうぞと言って俺の目の前から去るつもりか。
いや、そんなことは許さない。
結婚はまだだが、早希は俺のもので俺は早希のものだ。

ただ、俺の中で不安が募る。
そう、早希の過去の話だ。

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