政略夫婦が迎えた初夜は、あまりに淫らで もどかしい


髪をドライヤーでしっかり乾かしたあとリビングに戻ると、蓮見さんはいつも通りソファに座りタブレットを操作していた。

いつの間にか見慣れた風景になっていることに戸惑いつつも、こちらもいつも通り隣に腰を下ろす。

いつもと違うのは、私が座るなり蓮見さんがタブレットをテーブルに置き、代わりに湿布を持ったところだけ。

こちらをじっと見た蓮見さんがそっと手を伸ばし、私の頬に優しく触れる。
表面を撫でるだけなので痛みは感じなかった。

「腫れてるな。少し痣にもなってる。もしかしたら、時間が経つともう少しひどくなるかもしれない」

〝お嫁に行けなくなった〟という、こういうとき専用のジョークを口にしようとして、でもなんとなく声にはできずに飲み込む。

蓮見さんからどんな言葉が返ってくるのか、考えると少し怖かったからかもしれない。

ううん。正しくは、怖いと思ったのは蓮見さんの返事を受けたときの自分の気持ちだ。

私が〝お嫁に行けなくなりました〟と言えば、蓮見さんはきっと〝心配ない。俺がもらう予定でいる〟とかなんとか返すのだろう。

甘さなんてかけらもこもっていない、無機質な声で。

だってそれは〝政略結婚として〟という意味で、蓮見さんの感情はそこには何ひとつ含まれていないから。

私はそれを聞いたとき、ショックを受ける。……そんな気がする。
だから、口に出せなかった。

ショックを受ける理由は知りたくないし、知らないまま婚約解消に持ち込んだ方がいい。
よくあたる直感がそう伝えていた。


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