政略夫婦が迎えた初夜は、あまりに淫らで もどかしい


「え、宮澤さんが社長の娘さんで、蓮見さんは宮澤さんの婚約者ってこと?」
「それって、仕事絡み? それとも関係なく恋人になったの?」
「でもさ、社長の娘だったら御曹司と知り合う機会だって多そうだよね。いいなぁ。私も社長令嬢に生まれたかった」

一応、本人たちはひそひそ話しているつもりなのだとは思う。

けれど、しっかりとこちらにまで聞こえているのは興奮のあまりといったところか。
聞こえないふりをして歩き、社外に出たところで蓮見さんが私を見た。

「悪いな。目立たないようにしたつもりだったんだが」
「……それは無理かと」

この顔で、しかもあんな高級車で乗り付けたら注目の的だ。

「それに、蓮見さんは悪くないですから気にしないでください」

どれだけ針のむしろにされようと、断じて蓮見さんは悪くない。
仕方ないことなんだと笑うと、蓮見さんは少し言いよどんだあと、私に視線を戻した。

「いや。春乃がああいった周りの無責任な感想に心を痛めてきたことは先日聞いた。気にしないわけにはいかない」

社外には社員の姿はほとんどなかった。

お客様用駐車場には、蓮見さんの車のほかに数台が止まっている。
車に興味があるのか、蓮見さんは駐車している車に目を留めていた。

モデルハウスを見に来たのだろう。小さな子どもが、モデルハウス前の広場に置いてある小振りの滑り台や、スーパーボールすくいで遊んでいるのを遠目から眺める。

ここではスーパーボールすくいは夏の風物詩ではない。
ビニールプールのなかに張った水にスーパーボールを浮かべるのは、毎朝の私の仕事だ。水色のプールに、揺れるたびにキラキラ光る水を入れカラフルなスーパーボールを浮かべる工程は、子どもの頃の気持ちを思い出させてワクワクする。

駐車場の端でただ広場を眺めている間に車の出入りがあったけれど、制服を着た私とジャケット姿の蓮見さんが並んで立っている様子は、普通に接客していると思われるだろうか。


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