政略夫婦が迎えた初夜は、あまりに淫らで もどかしい
〝私A〟は、このまま結婚して〝妻〟になればいいと主張する。今日までの同居だって決して悪くなかったし、〝妻〟である以上蓮見さんは大事にしてくれる。それになんの問題があるのか、と。
〝私B〟は、それはなんの意味もないと主張する。結婚したとして、そのあと優しくされたり、触れられるたびに、蓮見さんのこの態度は〝私〟ではなく〝妻〟という存在に向けられたものだと思い知り悲しくなるだけだ、と。
どちらが正しいのかなんて、そんなの――。
「わからないんです。自分のことだからどうしても主観が入ってしまって、正しい判断が下せない。だから、教えて欲しいんです」
地下鉄からほど近いカフェの一角。
ちょうど一週間前、盛岡さんと座った席に私はいた。
あのときと違うのは、今日は私の前にカフェラテがある点と、向かいの席に座るのが柳原さんという点だ。
柳原さんは、やや迷惑そうに眉を寄せたあと、テーブルに載っているトレーに視線を落とす。
トレー上には、カフェラテとニューヨークチーズケーキ。
私がご馳走したもので、彼女の眼差しは〝おごってもらわなければよかった〟とありありと物語っていた。
〝私A〟と〝私B〟が頭の中でディベートする中、自業自得なため傷ついた顔もできずに行く当てもなくフラフラしていたとき、柳原さんを見かけた。
これ以上ないほどの偶然に咄嗟に彼女の腕をつかみ、強引にカフェに連れ込んだ。
だから、私がケーキやカフェラテをご馳走するのは当たり前なのだけれど、案外律儀な彼女はケーキが載ったお皿とカフェラテの入ったMサイズの紙カップが空になるまでは話を聞いてくれるつもりのようで、「だいたいの経緯はわかったけど」と言った。