政略夫婦が迎えた初夜は、あまりに淫らで もどかしい
「俺は、宮澤の家とは真逆でいつも金に困ってたんだ。だから中学受験で特待生として入学して学費免除をもぎ取った。高等部も大学も、ずっと必死だった。だから……恋愛をするにしても自分にプラスに働く相手としかしたくなかった」
「……そっか」
あの頃、戸村くんがどれだけ努力していたかは知っていた。
家庭の事情を聞いたのは初めてだったから驚いたけれど、それを表に出すのは失礼に感じ、静かにうなずく。
「俺はいずれ建築に携わりたいと思ってたから、宮澤はちょうどよかったんだ。いずれ結婚したら会社も俺が継げるかもしれないし。ただ……宮澤本人と付き合うのがどうしようもなく面倒くさかった」
「え……そんなに?」
苦笑いで告げられた衝撃的事実に声を失う。
戸村くんはおかしそうに笑っていた。
「俺は計画通り人生を歩いていきたいのに、宮澤はいちいち立ち止まらせたがるから。よく、道端に咲く花に目を留める人、とか比喩があるけど、まさにそれ。俺がどうでもいいと思ってる色々なものをいちいち気に留めて俺の腕を引っ張るから……邪魔だった」
戸村くんが、顔に笑みを少しだけ残し目を伏せる。
『嫌いになったわけじゃないけど……ごめん。うっとうしいんだ』
別れ際に言われた言葉が頭をよぎった。
「俺には目指さなきゃいけないものがあるから、立ち止まる暇はない。なのに、そんな宮澤を可愛いと思う自分もいて……だから、切り離した。近くにいると引きずられると思ったから。俺は……自分の未来のために、どうしても宮澤に引っ張られるわけにはいかなかった」
静かな店内。小さなボリュームで流れる音楽がジャズだと初めて気付いた。
それきり黙った戸村くんの顔を見つめていると、そのうちに彼が視線を合わせ微笑む。