政略夫婦が迎えた初夜は、あまりに淫らで もどかしい
また外に出るのは面倒すぎる。行って帰ってきたらHPはゼロどころかマイナスの自信がある。
とはいえ、今晩の献立に全力で取り組みすぎて明日の朝まで頭が回っていなかった自分のせいなのは明らかだ。
「言ったそばから全然しっかりできてない……」と、ひとりでぶつぶつ言いながらもふらふらと歩きだし、二時間ほど前に行ったばかりのスーパーに再度足を向けたのだった。
「おかえりなさいませ」
本日二度目の〝おかえりなさいませ〟なのにちっとも嫌味に聞こえないのは、国木田さんの笑顔があたたかいからだろう。お人柄が表れているような穏やかな微笑みは向けられるだけでホッとする。
でもその口元は白いマスクで覆われている。
一度目の帰宅時にはしていなかった覚えがあるので、不思議に思いカウンター前で足を止めた。
「お風邪ですか?」
国木田さんは、眉を下げ微笑んだ。
「いえ。風邪というほどでもないのですが、さきほどからどうも空咳が出るので、住人の方に移さないよう念のためです。お見苦しくて申し訳ない」
半月前、入居後初めて声をかけた時には、国木田さんは戸惑った様子を見せた。
それは私が話しかけた内容が、コンシェルジュに対しての要望ではなかったからだろう。
『ここの絵、変わったんですね』という私の言葉に、国木田さんは面食らったような顔をしてから、壁に飾ってある絵を見上げ『ええ。本日からです』と微笑みを浮かべた。
それからは私が話しかけても、すぐに笑顔を返して答えてくれるので嬉しい。