政略夫婦が迎えた初夜は、あまりに淫らで もどかしい
「いえ。見苦しいなんてことはまったくないので大丈夫です。ひどくならないようご自愛ください。……あ、これ、封を開けたもので申し訳ないのですがよかったら」
バッグから手のひらサイズの桜色をした巾着を取り出す。普段から持ち歩いているのど飴は、個別にパッケージされたもので味が三種類ある。
それぞれの味をふたつずつカウンターに置くと、やや驚いた様子の国木田さんが「いえ、お気持ちだけで」と断ろうとするので、笑顔を向けた。
「私、昔から気管支が弱くて空調が合わないと喉に痛みや咳が出たりするので、色々な種類の飴を試したんですが、これが一番効きました。なので、私のおススメを国木田さんも試してみてくださると嬉しいです。……あ、もちろん無理にではありませんので、本当にご迷惑なようでしたら大人しく引き下がります」
もしかしたら、住人からは物品なり金銭なりを受け取ってはいけないルールがコンシェルジュにはあるのかもしれない。
だったら迷惑はかけたくない、と思い付け足した私に、国木田さんは少し笑ってから緩く首を振った。
「いえ。宮澤さまのおススメ、ありがたく頂戴いたします。お心遣い、ありがとうございます」
「お大事になさってください」
笑顔で会釈してからエレベーター前に向かおうとした直後、国木田さんの「おかえりなさいませ」という声がして咄嗟に振り替える。
まだ住人と出くわしたことがないので、一時的とはいえ引っ越してきた挨拶くらいはした方がいいだろうかと考えてのことだったけれど、そこにいたのは蓮見さんだった。
エレベーターを待つ私の隣に立った蓮見さんは、私をチラッと見てわずかに眉を寄せた。