政略夫婦が迎えた初夜は、あまりに淫らで もどかしい


「今日はずいぶん遅かったんだな」
「一度帰ったんですけど、買い忘れがあったので駅中のスーパーに行ってたんです」
「歩きでか?」
「はい。もちろん」

マンションから最寄りの駅までは徒歩十分もかからない。スーパーはその駅中にあるので、徒歩で行ける距離だ。

「暗くなってからの外出はタクシーを使え。この辺の治安は悪くないが、それでも夜間の女性のひとり歩きはなにがあるかわからない」

到着したエレベーターに乗り込みながら言われる。

この距離でタクシーを呼ぶ気にもならないのが本音だった。でも、一応心配してくれているのはわかったのでお礼を言って〝そうですね〟と受け入れておこうとしたのだけれど。

「俺は宮澤社長から春乃を預かっている身だ。春乃になにかあったら申し訳が立たない」

続いた言葉に、お礼なんて言葉は頭の中から飛んでいく。

「そういう理由なら気にしてくださらなくて大丈夫です。私は父の付属品ではないですし、〝令嬢だから〟と偏見を持たれるのは嫌いです」

蓮見さんに〝お嬢様だから〟とかそういう意図があったかはわからない。私の父が誰だろうとどんな役職についていようと同じように言ったのかもしれない。

でも、長年抱き続けているものがあるので、その辺に私はどうしても過敏になってしまう。

蓮見さんが私をじっと見ているのが視界の端でわかった。
急に語気を強めた私を不思議に思ったのだろう。

視線を受けている状態が落ち着かなかったので、エレベーターが到着し扉が開くと同時にフロアに踏み出すと、蓮見さんも数秒遅れて後に続いた。


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