愛のない結婚のはずが、御曹司は懐妊妻に独占欲を放つ【憧れの溺愛シリーズ】
「私と一緒に森乃やへ帰りましょう、お嬢さん」

「え……」

「あなただけが犠牲になることはない。心配しないでください。社長と女将へのことは、私がきちんと説得します。だってあんまりじゃないですか。いくら森乃や存続のためだからって、実の娘を売り飛ばすようなことを…」

「ちょっ、ちょっと待って……さっきからいったい何を……」

「ひょっとして……お嬢さんは何もご存じないとか……?」

「だからなにを…!荒尾さんはいったい何のことをおっしゃっているんですか!?」

わたしが訊ねると、荒尾は腫れぼったい一重まぶたをこれでもかと見開いた。

「お嬢さんとの結婚と引き換えに、森乃やは香月社長から融資を受けることになったんですよ」

「えっ!」

思わず大きな声で驚くと、荒尾が「ご存じじゃあなかったんですね……」と目を丸くした。

「あの日、あなたがあの男に連れ去られたあと、あの男が置いて行った名刺を見て、女将が【ホテルKAGETSU博多】へと赴きました」

「そのことは知っています……」

だから祥さんは、母の署名の入った婚姻届を手に戻ってきたのだ。

でもなぜ、母は一人で【KAGETSU博多】へ来たのだろう。
あの時も頭に湧いた疑問が、思わず口からこぼれた。すると荒尾は呆れたように鼻を鳴らした。

「社長は神社へ、わたしはそのほかの婚礼にかかわる箇所へ。急遽式が延期になることを説明と謝罪に回っていました」

「っ…!」

婚礼をドタキャンしたツケまで荒尾に払わせてしまった。そのことを考え付きもしなかった自分の浅はかさが悔やまれる。自分は彼に、謝っても謝りきれないほど悪いことをしたのだと、胸に罪悪感が広がる。

「本当に申し訳ございませんでした」

そう言ってもう一度頭を下げようとしたとき、荒尾の言葉にその動きを止めた。
< 127 / 225 >

この作品をシェア

pagetop