愛のない結婚のはずが、御曹司は懐妊妻に独占欲を放つ【憧れの溺愛シリーズ】
【書籍化記念SS】番外編
[1]


ゴロゴロと仰々しい音を引き連れ、川沿いの歩道を行く。
キョロキョロとあたりを見回しているから、周りから見たらきっと旅行者。大型連休のさなかともなれば、スーツケースになんの違和感もない。

大学を卒業後に実家を出て、もう八年。
子どもの頃から見慣れているはずの故郷は、帰ってくるたびにどこかしら変わっている。

橋を渡ってほどなく、背の高い土塀見えてきた。
その塀に沿って歩いていくと、変わらずにある数寄屋(すきや)門。艶のある格子戸と瓦ぶきの屋根からは、格調高さが見て取れる。

ふと、この塀を檻のように感じていた頃のことを思い出した。
戻ったら最後、二度とこの檻から飛び出すことはない――そんな覚悟と絶望を抱えたあの日の自分から見たら、今の自分はどう映るのだろう。

「ママー、ここぉ?」

つないだ手をキュッと引っ張られて、ハッと視線を下ろした。つぶらな瞳がこちらをじっと見上げている。ほんの少しクセの入った黒髪が、小さな肩の上で遊んでいるのがとてもかわいい。

「うん、そう。ここがおじいちゃんとおばあちゃんのおうち」

わたしがそう言うと、娘は喜んで目の前の格子戸に手を伸ばした。

「待って、幸(さき)。入り口はそこじゃないの」

慌てて止めて、「ここはお店用の入り口よ」とつけ加える。

「おうちの入り口もすぐそこにあるの。もう少しがんばろうね」

「はい!がんば()ます!」

手を上げて元気のよい返事をくれた娘に、自然と口元がほころぶ。

懐かしい景色をゆっくり味わいたくて、タクシーを使わずに帰ってきた。
大人の足ではさほど遠くない道のりも、四歳のこの子にしてみたら大変だったはず。それなのに、ぐずることなく自分の足でここまで来た我が子の成長に胸が熱くなった。

「ありがとう、幸」

微笑みながら頭をなでる。細い髪の柔らかな感触さえもいとおしい。

再び小さな手とスーツケースを引いて歩き出したら、背後からガラガラという音。
振り向いた瞬間、格子戸から顔を出した人と目が合った。

「あ!」

「わっ!やっぱ寿々姉(すずねぇ)!」

二年ぶりに会う妹が、笑顔で大きく手を振っていた。



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