愛のない結婚のはずが、御曹司は懐妊妻に独占欲を放つ【憧れの溺愛シリーズ】
―――え?

そう思ったわたしが顔を上げるのと、頭をゴシゴシと強く拭かれるのは同時。

「きゃっ…!」

小さな悲鳴に構うことなく、その人はゴシゴシとわたしの髪を拭き続ける。
どうやら彼はわたしが渡したタオルで、逆にわたしの方を拭いてくれたらしい。

「や、あのっ…、わたしのことは結構です、のでっ……」

荒っぽい手つきで頭を(こす)られるのに負けずそう訴えると、頭の上の手がゆっくりと離れて行った。

「もっとしっかり拭いておけ」と言う声に、頭にタオルを乗せたまま顔を上げると、目が合った。彼は口の端を軽く持ち上げてから、ガラスの向こう側に視線を移した。

(思ったほど怖い人じゃない…?)

そう思いながらその横顔を盗み見る。

ずいぶん高いところに顔があるな。わたしよりも三十センチくらいは高いのかも。
わたしが日本人女性の平均よりも低いこともあるけれど、この人は日本人男性の平均よりもはるかに高いのだと思う。

最近日本でどんな俳優やタレントが人気なのかは知らないけれど、そんな自分にも、この人がテレビに映る有名人に負けないくらいの美丈夫だということくらい分かる。こんなに眉目秀麗でルックスの整った男性には、日本にいた時にも会ったことはない。

サンルームの植物に混じってほのかに香る、清涼感とほのかな甘さのあるスパイシーな香り。
洗練された都会的な香りを身に纏ったその人は、居るだけで人の目を惹き付けるような独特なオーラを漂わせていた。

「なんだ……?俺の顔に何かついているのか?」

濡れた髪をかき上げながら横目でチラリと見られて、鼓動が跳ねた。

「あ…、えぇっと……あっ、雨がたくさんついてるなって…!」

不躾に観察していたことがバレて慌てたわたしは、意味の分からない言葉を口走ってしまった。余計に恥ずかしくなり、じわりと熱くなった頬を隠すようにうつむく。
「濡れたままでは風邪を引きます……」と、手に持っていたハンカチを彼に押しつけた。

本当は、わたしもこの人と同じように濡れた頭にストールを被せてやりたいところだったけれど、どう見ても手は届きそうにない。せめてもの腹いせにとお腹あたりにグイグイとハンカチを押し付けてみた。

彼は目を(しば)かせると、「ではお言葉に甘えて」と受け取り、やっと濡れた髪を拭き始めた。
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