愛のない結婚のはずが、御曹司は懐妊妻に独占欲を放つ【憧れの溺愛シリーズ】
沈黙の中、ふと視線を感じて顔を上げた。
青白い細面の顔に、一重まぶたの吊り上がった瞳。
銀縁の眼鏡の奥からじっとこちらを見ている。
「………なにか」
背中をはう悪寒をこらえながら短くそう言うと、荒尾は口の片端をほんの少し持ち上げる。
「本当におきれいですよ、お嬢さん……」
「………ありがとうございます」
視線を伏せて必要最低限を口にする。
「きれいだ」なんて、これまで二十五年間生きてきて、一度も一度も言われたことない―――いや、一度だけあった。
『きれいだな』
そう言われた時の状況が脳裏によみがえって、じわりと頬が熱くなる。
生まれて初めて経験した未知の世界。
それを教えてくれた人のしっとりと低い声はまだ、この耳に残っている。
『出来る限り優しくしよう』
その言葉とは裏腹に、激しい劣情を滲ませた漆黒の瞳。
それを見上げながら、わたしは震える唇を動かした。
『ひどくしてください。優しくなんて…しないで』
『―――なぜだ。初めてなんだろう、怖くはないのか?』
『怖いです……』
解せない、という顔をした彼。
そんな彼に、わたしは『初夜の方が怖いのだ』と説明した。その上で、必死に自分の願いを訴えた。
『覚悟はあるんだな』
低く落ち着いた声に頷くと、彼はゆっくりと長い息を吐き出すと、口の端を持ち上げ不敵な笑みを浮かべ言った。
『お望み通り、ひどく奪ってやろう』