どうでもいいや
私の通う学校はそれなりに頭のいい学校だ。この辺りでは一番賢い進学校ということもあって、遠くから来て、寮生活を送る人もいるらしい。勉強することを苦に思わない、真面目臭った人間の集まり、灰色の青春を約束された学校だ。
こんな青春とはほど遠い学校でも、それなりに楽しんでいる人はいるんだと思う。面白くはなかったが、文化祭や体育祭などのイベントは一応ある。形だけでもやっておかないとどこかから苦情が来るのだろう。私は面白くもないイベントに出席日数を稼ぐためだけに出席していた。イベントごとに参加ではなく、出席と言ってしまっている時点で、何も期待なんかしていなかったのかもしれない。
私にとって、学校は楽しくない。そのうえ授業では辛い思いをする。進学校というだけあって、先生から放たれるプレッシャーが半端じゃない。先生に訊かれたら、答えられるのが当たり前。答えられない人間は、勉強不足のクズだ。一応肩書だけは先生だから、クズなんて言葉を使わないが、そう思っているのが先生のため息から読み取れてしまう。正直、こんな学校の先生たちを嫌いな人はたくさんいると思う。早く新しい先生が代わりに来て、授業をやってくれないかと思ったときもあったが、同じような頭のおかしい人しか、こんな学校で働きたいと思わないと気づき、そんな妄想はすぐにやめた。
私はこの4月で3年生になったが、1年と2年の終わりにそれぞれ二人ずつこの学校をやめている。同じ学校の人間とは言え、赤の他人だからやめたと聞いても、可哀想だとは思わなかった。同級生の中には可哀想だと言う人はいたが、言うだけで決して助けようとはしない。同情できる自分に酔いたいのだろう。人の痛みがわかる自分は優しい人間だって。
愚痴はこの辺りにして、私、有川(ありかわ)唯(ゆい)は今日も学校には行かない。
学校に行かなくなってから、3週間ぐらい経つ。同じ学校にいた人は私のことなんか可哀想だとは思わないだろうし、私があの学校にいたことも忘れられているかもしれない。
学校に行かなくなったきっかけは数学の授業だ。どこかの大学の入試問題をを扱ったのだが、そのときに先生にあてられ、答えることができず、それから精神的にしんどくなって行けなくなった。きっかけはたったこれだけのことだが、今までの溜まったものが、数学の授業で溢れたのだ。別に先生のことが好きで授業を受けているわけではないのに、この偏った学校の先生はいつも勘違い――生徒は先生のことが好きでいることが前提で、先生の行う崇高なる授業の邪魔をしてはいけない――をしている。死ねばいいのに。
だから、4月はほとんど学校に行っていない。家では勉強するわけでもなく、主にテレビを観て、たまに漫画を読む。だらだら過ごしているだけでも、一日というのはすぐに過ぎていくものだ。
テレビでは連休の渋滞が凄かったという、毎年恒例のニュースがやっている。ゴールデンウィークが終わり、今日から普通の人は学校や会社に行っている。
朝ごはんを食べて、2階にある自分の部屋でまたテレビをつけた。
「はぁ~、なにこれ」
相変わらず朝の番組はつまらない。有名大学を卒業したらしい芸能人があるニュースについて、頭の悪いコメントをそれらしい顔で言っている。
「内容じゃなくて、それっぽい顔が大事なのかな」
アホみたいなテレビにアホみたいな感想を言っていると、ピンポーンとインターホンが鳴った。今は父さんも母さんも仕事でいない。家にいるのは私だけだ。知らない人なら無視をしようと、私は自分の部屋のカーテンから覗いた。
「あっ」
吉木(よしき)良樹(よしき)――小学校からの幼馴染で同じ高校に通っている――がいる。今日は確か学校で球技大会があったはずだ。やる気に満ち溢れた人は休み中に練習するらしいけど、私も良樹もそういうタイプの人間ではない。
私は階段を降り、玄関を開けた。
「どうしたの?」
「お前暇だろ? どっか遊びに行こうぜ」
突然来たと思えば、こいつは何を言っているんだ。
「学校は?」
「まだ俺の気持ちはゴールデンウィークだから」
偉そうに胸を張って、親指で自分の胸を差した。
「何言っているのよ。学校サボっちゃダメなんだよ」
「お前が言うな」
「ふふっ、そうね」
そうだ、自分もサボっているんだった。
「映画でも行こうぜ」
「映画? どうして?」
「俺が観たいからだよ。早く準備して来い」
と良樹は勝手に呼んだくせに、今度は私を玄関に押し戻した。
私と良樹は電車を乗り、一番近くのショッピングモールにある映画館へと来た。
映画館に来るのはかなり久しぶりだ。最後に来たのは中学3年のときだから、約3年ぶりくらいになる。高校生になってから、普通の人がやるような楽しいこともやっていなかったんだな、と切なさを感じながら、色々な映画のポスターが貼られた壁を眺めた。
「何の映画観るの?」
「これだよ、これ」
と良樹は壁に貼られたポスターを指さした。よくテレビでも取り上げられていたアクション映画だ。名前は忘れたが、有名な俳優が出ているらしい。
「ゴールデンウィークに公開だったんだけどさ、チケット取れなかったんだよね」
「チケットは買ってあるの?」
「いや、まだだけど」
「当日でも大丈夫なの?」
「大丈夫だよ! 平日だし! 俺の経験上、この時間はちょっと早めにくるだけでいい席を取れるんだ」
「経験上って」
と苦笑し、そういや、良樹は過去にも学校をサボって映画に行ったことがあったのを思い出した。
良樹はたまに学校をサボる。いつも楽しそうに友達と話したりしているから、なんともなさそうに見えるけど、本人曰く、どうしても行きたくないときがあるとのことだ。特にイベントごとには参加したくないらしい。良樹は、いつもはちゃんと行っているんだから、たまにはサボってもいいじゃないかって、それっぽいことを言って、当然の権利のように学校をサボる。
「やっぱりポップコーンはキャラメルだよな」
「そうだね~」
チケットを買い、キャラメル味のポップコーンとジュースも買って、開場までまだ少し時間がある私達はすぐそこにあるベンチに座った。
「うん、うまい。やっぱキャラメルだわ」
「もう食べているの?」
まだ入ってもいないのに良樹はおいしそうに食べている。
「俺の映画はポップコーンを食うところから始まるからな」
良樹が何を言いたいのかわからないが、おかしくて笑ってしまった。
映画を観終わり、私達はフードコートでチョコバナナクレープとアイスコーヒーを買った。
「面白かったな」
映画の感想を言いながら、良樹は手に付いたクリームを舐める。
「明日からはどうするんだよ」
「え、明日は……」
返答に詰まり、下を向いた。
「まぁ、好きにすればいいんじゃねぇの? 俺も好きなときに休んでるし」
別に私は好きで休んでいるわけじゃない。
「お前は一人だけど、困ったときには俺がいる。このことを忘れるな」
「……」
顔を上げて、良樹の顔をじっと見つめる。
「って、今日見た映画の主人公だったら言うんだろうな」
「ふふっ、だろうね」
「もし、アレなら迎えに来てやってもいいけど」
「それはやめて」
とビシッと断り、私はクレープにかじりついた。
明日は学校に行こう。どうでもいいや。
こんな青春とはほど遠い学校でも、それなりに楽しんでいる人はいるんだと思う。面白くはなかったが、文化祭や体育祭などのイベントは一応ある。形だけでもやっておかないとどこかから苦情が来るのだろう。私は面白くもないイベントに出席日数を稼ぐためだけに出席していた。イベントごとに参加ではなく、出席と言ってしまっている時点で、何も期待なんかしていなかったのかもしれない。
私にとって、学校は楽しくない。そのうえ授業では辛い思いをする。進学校というだけあって、先生から放たれるプレッシャーが半端じゃない。先生に訊かれたら、答えられるのが当たり前。答えられない人間は、勉強不足のクズだ。一応肩書だけは先生だから、クズなんて言葉を使わないが、そう思っているのが先生のため息から読み取れてしまう。正直、こんな学校の先生たちを嫌いな人はたくさんいると思う。早く新しい先生が代わりに来て、授業をやってくれないかと思ったときもあったが、同じような頭のおかしい人しか、こんな学校で働きたいと思わないと気づき、そんな妄想はすぐにやめた。
私はこの4月で3年生になったが、1年と2年の終わりにそれぞれ二人ずつこの学校をやめている。同じ学校の人間とは言え、赤の他人だからやめたと聞いても、可哀想だとは思わなかった。同級生の中には可哀想だと言う人はいたが、言うだけで決して助けようとはしない。同情できる自分に酔いたいのだろう。人の痛みがわかる自分は優しい人間だって。
愚痴はこの辺りにして、私、有川(ありかわ)唯(ゆい)は今日も学校には行かない。
学校に行かなくなってから、3週間ぐらい経つ。同じ学校にいた人は私のことなんか可哀想だとは思わないだろうし、私があの学校にいたことも忘れられているかもしれない。
学校に行かなくなったきっかけは数学の授業だ。どこかの大学の入試問題をを扱ったのだが、そのときに先生にあてられ、答えることができず、それから精神的にしんどくなって行けなくなった。きっかけはたったこれだけのことだが、今までの溜まったものが、数学の授業で溢れたのだ。別に先生のことが好きで授業を受けているわけではないのに、この偏った学校の先生はいつも勘違い――生徒は先生のことが好きでいることが前提で、先生の行う崇高なる授業の邪魔をしてはいけない――をしている。死ねばいいのに。
だから、4月はほとんど学校に行っていない。家では勉強するわけでもなく、主にテレビを観て、たまに漫画を読む。だらだら過ごしているだけでも、一日というのはすぐに過ぎていくものだ。
テレビでは連休の渋滞が凄かったという、毎年恒例のニュースがやっている。ゴールデンウィークが終わり、今日から普通の人は学校や会社に行っている。
朝ごはんを食べて、2階にある自分の部屋でまたテレビをつけた。
「はぁ~、なにこれ」
相変わらず朝の番組はつまらない。有名大学を卒業したらしい芸能人があるニュースについて、頭の悪いコメントをそれらしい顔で言っている。
「内容じゃなくて、それっぽい顔が大事なのかな」
アホみたいなテレビにアホみたいな感想を言っていると、ピンポーンとインターホンが鳴った。今は父さんも母さんも仕事でいない。家にいるのは私だけだ。知らない人なら無視をしようと、私は自分の部屋のカーテンから覗いた。
「あっ」
吉木(よしき)良樹(よしき)――小学校からの幼馴染で同じ高校に通っている――がいる。今日は確か学校で球技大会があったはずだ。やる気に満ち溢れた人は休み中に練習するらしいけど、私も良樹もそういうタイプの人間ではない。
私は階段を降り、玄関を開けた。
「どうしたの?」
「お前暇だろ? どっか遊びに行こうぜ」
突然来たと思えば、こいつは何を言っているんだ。
「学校は?」
「まだ俺の気持ちはゴールデンウィークだから」
偉そうに胸を張って、親指で自分の胸を差した。
「何言っているのよ。学校サボっちゃダメなんだよ」
「お前が言うな」
「ふふっ、そうね」
そうだ、自分もサボっているんだった。
「映画でも行こうぜ」
「映画? どうして?」
「俺が観たいからだよ。早く準備して来い」
と良樹は勝手に呼んだくせに、今度は私を玄関に押し戻した。
私と良樹は電車を乗り、一番近くのショッピングモールにある映画館へと来た。
映画館に来るのはかなり久しぶりだ。最後に来たのは中学3年のときだから、約3年ぶりくらいになる。高校生になってから、普通の人がやるような楽しいこともやっていなかったんだな、と切なさを感じながら、色々な映画のポスターが貼られた壁を眺めた。
「何の映画観るの?」
「これだよ、これ」
と良樹は壁に貼られたポスターを指さした。よくテレビでも取り上げられていたアクション映画だ。名前は忘れたが、有名な俳優が出ているらしい。
「ゴールデンウィークに公開だったんだけどさ、チケット取れなかったんだよね」
「チケットは買ってあるの?」
「いや、まだだけど」
「当日でも大丈夫なの?」
「大丈夫だよ! 平日だし! 俺の経験上、この時間はちょっと早めにくるだけでいい席を取れるんだ」
「経験上って」
と苦笑し、そういや、良樹は過去にも学校をサボって映画に行ったことがあったのを思い出した。
良樹はたまに学校をサボる。いつも楽しそうに友達と話したりしているから、なんともなさそうに見えるけど、本人曰く、どうしても行きたくないときがあるとのことだ。特にイベントごとには参加したくないらしい。良樹は、いつもはちゃんと行っているんだから、たまにはサボってもいいじゃないかって、それっぽいことを言って、当然の権利のように学校をサボる。
「やっぱりポップコーンはキャラメルだよな」
「そうだね~」
チケットを買い、キャラメル味のポップコーンとジュースも買って、開場までまだ少し時間がある私達はすぐそこにあるベンチに座った。
「うん、うまい。やっぱキャラメルだわ」
「もう食べているの?」
まだ入ってもいないのに良樹はおいしそうに食べている。
「俺の映画はポップコーンを食うところから始まるからな」
良樹が何を言いたいのかわからないが、おかしくて笑ってしまった。
映画を観終わり、私達はフードコートでチョコバナナクレープとアイスコーヒーを買った。
「面白かったな」
映画の感想を言いながら、良樹は手に付いたクリームを舐める。
「明日からはどうするんだよ」
「え、明日は……」
返答に詰まり、下を向いた。
「まぁ、好きにすればいいんじゃねぇの? 俺も好きなときに休んでるし」
別に私は好きで休んでいるわけじゃない。
「お前は一人だけど、困ったときには俺がいる。このことを忘れるな」
「……」
顔を上げて、良樹の顔をじっと見つめる。
「って、今日見た映画の主人公だったら言うんだろうな」
「ふふっ、だろうね」
「もし、アレなら迎えに来てやってもいいけど」
「それはやめて」
とビシッと断り、私はクレープにかじりついた。
明日は学校に行こう。どうでもいいや。