いつかの夏の話より




「今年の夏さぁ、花火一回もしなかったよね」

「たしかしたかし」

「だれだよ」

「おれの友達」

「適当なこと言わないでもろて」




あっという間に10月になってしまった。

この男と付き合い始めたのが去年の初秋のこと。はじめて一緒に越える夏は就活やら卒論やらに追われてろくに満喫できなかった。


「花火は来年かな」

「来年も雨だったらホント自害しそう」

「その時はその時だよ。長く付き合ってけばいつか行けるでしょ」

「それ結婚の申し込み?」

「いやさすがにまだ」

「今度ゼクシィ買ってこよ。備えあれば患いなし」

「うはは、たしかしたかし」



これだけはせめて行きたいよねと約束していた花火大会は、台風が直撃して中止になった。


雨男でごめんって人生初めての理由で謝られたある意味思い出の夏だ。

雨男とか晴れ女とか、人口に対して何割が値するのか。正解はわからないが、少なくとも彼だけの力で雨が降ったわけじゃあるまい。夏に台風が来るのも避けられないこと。



謝る必要ないのにおもろいなこの人、って心底申し訳なさそうに謝る男がものすごくかわいい生き物に思えた瞬間だった。




「なぁ、今から花火する?」



私の長い黒髪を撫でた男が思いついたように言う。どういうこっちゃ? という意味を含めて首をかしげると、男は私から視線をずらして光が飛ぶ天井を見つめ、それから開口した。



「『いつか』って、おれあんま得意じゃないから」

「…というと?」

「未来のことってわかんねーじゃん。いつかが来る頃には隣にいれないかもしんないし」




「別れるとかじゃなくてね」と付け加えた男が、再びぐるんと身体を回して私を包み込んだ。

< 3 / 4 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop