いつかの夏の話より
言葉にしなければ伝わらないことの方が多いけれど、言葉にしなくても伝わる感情もあるってことを、私はこの男と出会ってからの365日で知った。
私たちが離れ離れになってしまう原因は、恋人関係の解消だけとは限らない。
どちらも県内での内定が決まったけれど、出張や転勤がある可能性だって大いにある。どちらかの身になにかがあって死んでしまうなんてこともあるかもしれない。
彼の言うとおり、未来のことはまだ分からないのだ。
「花火な、実は夏に買ってたんだよおれ」
「なんで」
「したかったから。でもまお互い忙しくて余裕なかったじゃん。えっちして欲望解消するくらいしかできんかった」
「性欲処理のために会ってた説ある」
「まーじでそれ。もしかしておれらあの時別れの危機だった?」
「いや? 愛のあるセックスだった」
「うける、死んだ」
男は私の額に触れるだけのキスを落とすと、身体を起こしてクローゼットを漁りだした。私も同じように起き上がり、ベッドの下に落ちていたブラとズボンを拾う。
情事後はどうしても楽な恰好でいたくて、私も彼も、パンツとロンTだけを身に着ける場合が多かった。
よいしょ、とズボンをはき終えた頃、男がばふっと私の上からトレーナーを被せた。
裏起毛の、それである。
「夜はさみーからな」
「朝も寒いからちょうどいい」
「朝はおれの体温で十分だろ」
「うわなんそれさむ」
「思った」
いつかの夏の話をするより、とりあえず、今の私たちが過ごす時間を愛してしまおうか。
うはは、君が笑う。つられて私も笑った。
完