エリート心臓外科医の囲われ花嫁~今宵も独占愛で乱される~
 千春は唇を噛みくるりと方向転換をして女子トイレを後にした。
 小児病棟を出て総合受付を横切りまっすぐにエントランスに向う。外は雨が強くなっていた。
 傘を差して病院の庭から家へ向かう道すがら、ぴちゃぴちゃと泥水が跳ねる足元を見つめて、千春はさっきの話を思い浮かべていた。
 千春と清司郎の結婚は彼のキャリアを守るための便宜上の結婚だから、そういった行為がないのだと言い訳をするのは簡単だ。
 でも清司郎だって大人の男性なのだから、少しは千春になにかを期待しているのだろう。だからこそ、少しずつふたりの距離は縮めようとしている。

 優しくて甘いやり方で。

 とはいえあの女性たちが言うような"彼が満足する"という状態にはほど遠いのも事実だった。
 清司郎はキスだけでその先へは決して進もうとしない。
 彼自身にその気がないのか、あるいは千春には無理だと思われているのか……。
 立ち止まり、千春は胸に手をあてる。
 とくんとくんと鳴る胸の鼓動、彼に救ってもらったその音に耳をすませた。

 ……大丈夫、少しずつは進んでいる。

 自分自身にそう言い聞かせて、千春はまた歩き出した。
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