エリート心臓外科医の囲われ花嫁~今宵も独占愛で乱される~
 父親に答えて、また箸を進めている。
 どうやら意識してしまっているのは、千春だけのようだった。
 千春はパンフレットの影に隠れて、ふたりに気付かれないようにため息をつく。
 そして一カ月前のあの夜の出来事を思い出した。
 梅雨が始まったばかりの夜、いつものように読み聞かせの練習をしに訪れた清司郎の部屋で、千春は練習をさせてもらえなかった。
 代わりに、いつもよりキスをたくさん交わしたのだ。
 濃厚で熱い彼のキスに翻弄されながら、千春の胸はその先への期待でいっぱいになっていた。
 病院で偶然耳にした女性たちの話は、いくら忘れようとしても千春の心に暗い陰を落とした。
 今の千春には女性として彼を満足させる要素はなにもない。
 経験も魅力も健康な身体でさえも。
 少しずつ進んでいるふたりの関係は、いつ終わりだと言われるかわからない不安定なものだった。
 清司郎が千春とはここまでだと思ったら、そこで終わりを迎えてしまう細い糸のような彼との繋がり。
 だからこそ千春はあの夜、その先を期待した。
 その先へ進むことができたなら、なにかが変わるかもしれないと夢を見た。
 ……でもそれは残念ながら叶わなかった。
 しかもあの夜以来、彼は急に忙しくなり早く帰ってくることがなくなったから、千春はあれ以来一度も彼の部屋へ行っていない。
 その彼と一晩ホテルで過ごす……。

「千春ちゃん、パーティーなんてはじめてじゃないか? 楽しんでおいで。ただし、アルコールは口にしちゃダメだよ」

 元主治医の康二が、にっこりと千春に微笑みかける。

「……はい先生」

 複雑な気持ちを抱えたまま、千春はこくんと頷いた。
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