エリート心臓外科医の囲われ花嫁~今宵も独占愛で乱される~
 それを寂しいと思うのは千春のわがままなのだろう。

 べつに騙されていたわけではない。
 はじめから彼はそうだと言っていた。
 でも……。

 たまらずに千春は彼の胸に抱きついた。

「千春……?」

 戸惑うような彼の声が頬から伝わってくる。
 泣きだしてしまいそうだった。
 あなたを好きになってしまいましたと今ここで告げたならいったい彼はどう思うだろう。
 キャリアのためにあなたは私を大切にしてくれた。
 生きる喜びをおしえてくれた。
 キャリアのために。
 それはわかっているけれど、それでもその優しさが私の心に火を灯してしまいました。

「千春? ……大丈夫か?」

 彼の胸に顔を埋めて、大好きな彼の香りを千春は胸いっぱいに感じ取る。
 自分は後何回、こうやってこのスパイシーな香りを感じることができるのだろう。

「慣れない場所で、頑張ったから疲れたんだな。少し休め」

 清司郎が千春をベッドの淵に座らせて、自分もすぐ隣に座る。
 その彼の唇に、千春はすかさず口づけた。

「ん……!」

 彼の吐息が戸惑うように少し乱れる。
 でも千春はやめなかった。
 二カ月あまりの結婚生活で、彼が千春を抱かなかったのは、優しさなのだと千春は思う。
 いずれは別れると結末が見えていたからこそ、最後まではしなかったのだ。
 だったらこんなことになんの意味もないのだろう。
 今ここで千春がなにをしても、ふたりがどうなっても結論は変わらない。
 彼とは一緒にいられない。
 それでも千春は彼に触れてほしかった。
 こうやって彼に触れられる時間は、きっともうあとわずか。
 もしかしたらこれが最後なのかもしれないのだ。
 その思いが千春を衝動へ駆り立てる。

「ん……」
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