エリート心臓外科医の囲われ花嫁~今宵も独占愛で乱される~
 池のそばへ移動して千春は餌を池へパラパラと落とす。それをすぐそばで清司郎が見守っている。
 鯉たちは喜んでバシャバシャと争いながら餌を食べていた。
 食欲旺盛でまるまると太ったその姿に、千春は思わず笑みを浮かべた。

「ここの鯉たちは、幸せね。先生に大切にされて」

 八神家の人たちは、急に来た千春だけでなく、庭の植物も池の鯉も大切にしている。迷い込んだ野良猫だって。
 結城の家で育った千春にとって、はじめて知る優しくて安心できる場所だった。
 できることならずっとここにいたいと千春は願う。
 ずっとこの家にいて、清司郎と愛情で結ばれた本当の夫婦になりたい。
 でもそれは叶わない夢なのだ。

「……鯉たちは、他の世界を知らない」

 池の鯉をジッと見つめて、清司郎が低い声を出した。

「ここしか知らないから、これが幸せだと思うんだ」

 声の調子がいつもとは違うように思えて、千春は首を傾げる。

「……清君?」

「いや、なんでもない」

 清司郎が気を取り直したように被りを振った。

「この調子なら、来週からはサークルにも行っていい」

「本当?」

「ああ、……ただし、疲れない程度にな」

 こくんと頷く千春の頭に清司郎の手が伸びてくる。いつもみたいに優しく撫でてくれるのだろう。
 でもその手はあとわずかなところまできて、ぴたりと止まる。そしてそこで拳を作り、離れていった。

「サークル活動もいいが、千春が元気でいるのが一番大事なんだからな」

 まるで確認するかのように言って微笑む彼に千春の胸は切なく痛む。
 パーティーの日から清司郎は千春に指一本触れなくなった。
 当然、読み聞かせの練習もなくなった。
 きっとこれが彼の答えなのだろうと千春は思う。
 あの日キスをせがんだ千春に対する、優しい彼が出した答え。
 そして、もうそこまで近づいた別れの準備でもあるのだろう。
 それを自分は受け止めなくてはならない。

 ……もうわがままを言って彼を困らせるのは終わりにしなくては。

 ズキズキと痛む鼓動に千春は一生懸命言い聞かせた。
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