エリート心臓外科医の囲われ花嫁~今宵も独占愛で乱される~
 千春は目を細めて遠ざかっていくユキの背中を見つめた。
 どんな風に生きていくとしても読み聞かせの活動だけはずっと続けよう。
 そう決意して千春は情報誌をバッグにしまい、またエントランスに向かって歩き出した。
 エントランスを出ると、少し柔らかくなった日差しに包まれる。
 千春にとって人生を変えた夏が終わろうとしている。

「千春ちゃん」

 抜けるような青空を見上げていた千春はまた声をかけられる。
 足を止めて振り返ると見覚えのある男性が立っていた。

「……大林さん」

 少し戸惑いながら千春はその男性の名前を口にする。
 大林夏彦が微笑んだ。

「久しぶりだね」

「……お久しぶりです」

 かつての見合い相手大林夏彦は、叔父が懇意にしている大物政治家の息子だ。手術の前はよく病室に来ていた。
 叔父からは失礼のないようにと厳しく言われていたその彼の来訪は、千春にとっては少し憂鬱なものだった。

『千春ちゃんと話がしたいんだ』

 彼はいつもそう言って千春の病室に来たけれど、実際のところ"話をする"という状況からは程遠かったからだ。
 彼は千春の話を聞いたり千春のことを知ろうとしたりは一切せずに、ただ延々と自分の話を繰り返すだけ。そしてプレゼントと言って、派手な服やアクセサリーを持ってきた。
 入院ばかりの千春には身につける機会など皆無だというのに。
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