エリート心臓外科医の囲われ花嫁~今宵も独占愛で乱される~
 優しげにまるで千春を気遣うように夏彦は言う。
 でも微笑む彼のその目はまったく笑っていないように思えた。
 やがて彼は、ひっそりと木々の間に佇むベンチに腰を下ろした。

「どうぞ」

 自分の隣を手でぽんぽんとして千春にも座れという合図をするが、まったくそうする気になれなくて千春はその場に立ったまま、少し考えてから頭を下げた。

「あの、……申し訳ありませんでした」

 夏彦が首を傾げた。

「お見合いのことです。直前にキャンセルしてしまって……」

 夏彦に対する千春の個人的な気持ちはさておいて、見合い直前に逃げたという行為自体は褒められたものではない。
 きちんと謝罪するのが筋だろう。

「本当だよ」

 夏彦がさも残念そうに口を開いた。

「僕は君が僕の気持ちをわかってくれているのだと思っていたのに。君が八神と結婚したと知ってどれだけ残念だったか」

「申し訳ありませんでした」

 もう一度、謝罪の言葉を口にする千春を夏彦がジッと見つめている。
 その粘着くような視線に千春の背中はぞくぞくとする。早くこの場を立ち去りたいという思いで頭がいっぱいになった。
 夏彦は謝罪に対する言葉を口にすることなく、あいかわらず千春を舐めるように見つめている。
 たまらずに千春は口を開いた。

「あの、私……、もう帰らないといけないので。……失礼します」

 頭を下げて立ち去ろうとする。
 でもその千春の腕を夏彦が掴んだ。

「っ……⁉︎」

「僕の方が君を愛しているのに」

 低い声で夏彦が言う。
 ねっとりとした視線が絡みつくように千春を捉えている。
 掴まれた手首から走る悪寒のようなものが千春の全身を駆け巡った。

「本当は君は僕のものだったんだ」

 言いながら夏彦が立ち上がる。
 血の気が引いていくのを感じながら千春はふるふると首を振った。

「……ごめんなさい、私……」

「君は、愛されていない」

 夏彦が憐れむような声を出した。

「あいつは、八神は狡猾な男だ。医者としての地位を守るためにはなんでもする。君の手術の成功を世間に発表するまでは手元に置いておきたいと、君の叔父さんから無理やり君を連れ去った。そうだろう?」
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