エリート心臓外科医の囲われ花嫁~今宵も独占愛で乱される~
 頭がくらくらして、今にも気を失ってしまいそうだ。飴色の手すりに縋りながら千春が階段をなんとか上り切った、その時。

「千春?」

 低い声で呼びかけられて顔を上げると、視線の先に千春のよく知る人物がいた。

「あ、……清君」

「なにをしてるんだ、こんなところで」

 その人物、八神清司郎(やがみせいしろう)は眉間にシワを寄せて訝しむように千春を見ている。そして長い脚で大股に千春に歩み寄った。

「……その格好は?」

 千春はその問いかけに答えることができなかった。
 自分でもなぜこんなことになったのか、まだよくわかっていないからだ。
 今朝、結城家の屋敷にある千春の部屋に来た叔父に言われるままにこの着物を着せられて、さっきここへ連れてこられた。
 詳細はなにも知らされないままに。
 でもそれ自体は、それほど珍しいことではない。
 叔父にとって千春は、ちゃんと予定を伝える価値などない人間だ。
 でもまさか、着いた先がほかでもない自身の見合い会場だったなんて。
 千春がそれを知らされたのは、ほんの数分前。
 席につき、相手の男性の到着を待つばかりになった段階だった。
 あまりのことに気が動転して、お手洗いに行くと告げて、そのまま逃げ出してきたのだ。
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