エリート心臓外科医の囲われ花嫁~今宵も独占愛で乱される~
 手術が成功したら、もう入院することもなく普通の人と同じように日常生活を送れると言われたけれど、千春はそれをまったく嬉しいと思えなかった。
 風が吹いて、そよそよと外の緑が揺れている。もう夕日が沈みかけていた。
 今日一日は千春にとって不思議な日だった。
 病院ではない場所でこんなに心穏やかに過ごせたのは、両親が生きていた時以来だったからだ。
 清司郎に小夜さんと呼ばれていた女性は、細々と丁寧に千春の世話をしてくれた。温かい食事と、静かな部屋、そしてなによりいつ誰が部屋に来て嫌味や小言を言われるかと怯えなくていいことが千春にとってはなによりありがたいことなのだ。
 でも……。
 千春は窓ガラスに手をついて深い深いため息をついた。
 この時間は、あくまでもただのモラトリアムにすぎない。
 どんなにここで心穏やかに過ごせたとしても、千春はいずれまたもとの世界へ戻らなくてはならないのだ。
 ならばなるべく早く戻りたかった。
 ここで優しくしてもらえばもらうほど、あとでつらくなるだけだから……。
 もう少しで日が落ちる。明日は退院できるだろうか。
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