エリート心臓外科医の囲われ花嫁~今宵も独占愛で乱される~
 一方で、千春の方は倉橋の反応に少し驚いていた。
 清司郎は、三十歳。普通に考えて結婚していてもおかしくはない年齢だ。
 それなのにどうして彼女はこんなに驚いているのだろう。
 しかもなにやらそわそわとして「皆に報告しなくちゃ」などと言っている。
 皆って……?
 清司郎が咳払いをして、バスのロータリーに目をやった。

「倉橋さん、バスが来ていますけど……」

「あら、本当! まだまだお話を聞きたかったのに……残念だわ。じゃあ先生、奥さま、失礼します」

 名残り惜しそうにそう言って、倉橋はロータリーへ去っていく。
 清司郎がため息をついて、ちらりと千春の方を見た。

「……ごめん」

 なにに対するごめんなのか、千春にはわからなかった。
 普通の結婚ではないのに、千春を妻と紹介したことか。
 それともその結婚自体のことなのか。

「行こう」

 千春が答えるより早く清司郎は歩き出す。その背中を見つめながら千春は胸に手をあてた。
 結婚を決めた瞬間は、自分は買われたのだと感じた。
 彼は自分のキャリアのために、医療費と引き換えに千春を手に入れた。
 もちろんそれは今も変わらない。
 それでも彼は千春を大切にしてくれている。
 主治医として、兄のような存在として、千春が元気になることを願い、生きる喜びを教えようとしてくれている。
 それはおそらくキャリアのためだけではなく……。
 先を行く清司郎が振り返り、千春を呼ぶ。

「千春、行くぞ」

「う、うん」

 千春は応える。
 大きな背中、春の風になびく黒い髪、優しい眼差しに、千春の鼓動はとくんとくんと鳴り続ける。
 本当の妻ではないのに、本当の妻のように大切にされて。
 彼の優しさに触れるたびに胸の高鳴りはどんどん大きくなっていく。
 ……だけどそれをどうするべきなのか、やっぱり千春にはわからないのだった。
< 64 / 193 >

この作品をシェア

pagetop